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えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

今日は長男の誕生日

今日は長男の誕生日です。

もう35歳になるのですよ。

 

小学生の頃はお寿司を作ったり、手巻き寿司にしたり・・・

子どもたちが喜びそうなおかずをいっぱい作り、ケーキも用意していました。

中学、高校時代にはお赤飯にすることが多かったかな・・・

おかずはやっぱり豪勢にしてね。

 

高校を卒業してからは親元を離れたのでハガキを出すことぐらいしかできませんでした。

あれから17年。

大学生になり、卒業して社会人に・・・

そして、愛する人と結婚して、3歳の娘ともうすぐ6ヶ月になる息子に恵まれ、公私ともに充実した生活を送っています。

 

親としては「もっと、もっと、教えなければならないことが沢山あるのに・・・」と思いました。

でも、息子は親のそんな気持ちなど知る由もなく、完全に独立していったのです。

まあ、これはすごくいいことだとは思うのですよ。

だけど、親としては寂しくもあり、何もできなかったことが悔やまれたのです。

でもね、その時思い出した言葉があるのです。

何かで読んだのか、どこかで聞いたのか全く思い出せないけど・・・

「子どもは成人したら、親の子ではなく社会の子になる。そして、今度は親に代わって社会が子どもを育ててくれる・・・」というものです。

今はホントにその通りだと思っています。

息子も社会に出てから、多くの先輩や同輩や後輩、そして、最愛のパートナーや家族に恵まれ「親が思う以上に成長した」と感じることができるようになったからね・・・

だから、今は息子を育ててくれた「社会の人たち」にホント感謝しているのですよ。

 

最近はね、えむこは「あと何回ぐらい息子たちにお祝いの言葉を伝えることができるのだろうか・・・」なんて、考えたりするのです。

だから、何年か前から息子の誕生日には「おめでとうメール」を送り、息子の知らないことを伝えるようになったのです。

例えば・・・

息子に初めての子どもが生まれた年には、息子自身が生まれた日の事を、嬉しかった親の気持ちを添えて伝えたり・・・

翌年には息子の名前を付けた日のことを伝えたり・・・とね。

 

そして、今年は言葉を失ってしまった夫の気持ちを伝えたいと思いました。

それは・・・

二男が生まれて間もない頃、夫がえむこと長男、二男の写真を撮ってくれました。

まだフィルム写真の時代です。

現像に出した写真を夫と2人で受け取りに行くと、店の人が「サービスでどれか1枚、ラミネート加工しますよ」と言ったのです。

夫は迷うことなく、えむこたち3人の写真を選び「これは僕が持ってるから・・・」と言いました。その後、カバンの中に入れ、毎日持ち歩いていたのです。

それから33年の年月が経ち、えむこはその写真のことなど忘れてしまっていたのです。

そして2年前、夫が脳出血で倒れました。

その時、えむこは大事なことがわからなくて困り、夫が退院してから必要に迫られて金庫のカギを壊したのです。

そうしたら、あの時のラミネートされた写真が大事にしまってあったのです。

夫は決して愛情表現が上手な人ではないのです。

だけど、金庫の中にその写真を見つけた時には「えむこたちのことをとっても大事に思っていてくれた」と思ったら、何だか胸が熱くなったのです。

カバンの中でも、机の引き出しの中でも、アルバムの中でもなく・・・

家中の一番大事なものがしまってある金庫の中だものね。

長男は今、自身のプロフィール写真に2人の子どもを抱っこしている写真を使っているのです。

そんな長男が子どもたちに限りない愛情を寄せているように、夫も子どもたちに愛情を寄せていたことを、今年はどうしても伝えたかったのです。

まあ、こんな内容を含んだメールなんだけどね・・・

 

メールを送った後、長男からは口では表せないほど嬉しい返信メールが届いたのですよ。

だから、えむこは今日もすごく、すご~く幸せな気分なのです。