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えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

年賀状その1

年々少なくなってきたけど、えむこのところにも何枚もの年賀状が届きます。

今日はその中の1人、しまちゃんのことを書いておこうと思います。

しまちゃんはえむこが正規職員として再就職したばかりの頃、同じ病棟に勤務していた看護師です。たぶん年はえむこより20歳は若かったと思います。

その彼女が結婚退職してから、毎年えむこに年賀状をくれるのです。もう18年ぐらいになるでしょうか・・・

彼女の年賀状は毎年家族写真で、しかも名前はご主人と連名なのです。えむこはご主人と面識はないし、子どもさんのことも知らないので、実は年賀状としては最も苦手なものなのですよね。

でも彼女の場合、毎年お手紙のようにいろいろ書いてくれるので「しまちゃんらしい・・・」と嬉しいのです。だから、苦手な家族写真であっても「旦那さん優しそうで、しまちゃん幸せそう」とか、娘さんは「しまちゃんそっくり」なんて、微笑ましく見てしまうのです。

20歳も年が違うのに、毎年年賀状をくれるしまちゃん。

えむこは一緒に働いていた頃、彼女の看護を見て「とりわけ光る看護師だ」と思うようになった忘れられないことがあるのです。

そんな「光る看護師だ」って感じる人、20年ぐらい働いた中で何人ぐらいいるかな~ 10人もいないかもね・・・

 

それは産婦人科と内科、外科、整形外科の混合病棟でのこと。

確か卵巣腫瘍の50代か60代の患者さんだったと思います。心の病も持っていて独身。家族がおなかの腫れに気づいた時にはもう腹水がたまった状態だったので手術はできない状況でした。お風呂にも入っていなかったのでしょう。その患者さんの下肢は垢で固まったような状態で、ひび割れたようになっていました。

心の病気も抱えていたので、自分以外の人と接する時にはビニール袋で自分の手を覆ってからしか触れることはなく、看護師にも触らせようともしなかったのです。

それがどういうきっかけだったか、しまちゃんが丁寧に丁寧に足浴をしたのです。そうしたら、びっくりするぐらいきれいな下肢に戻りました。それから、その患者さんはしまちゃんには心を開くようになったのです。

看護師の仕事は「診療の介助」と「療養上の世話」だから、足浴はもちろん看護業務なのですけどね・・・

でも、急性期の公立病院だから、かなり忙しい病院なのですよ。

こうして文章で書くとよく分からないかもしれないけど、えむこはその時、ものすごく感動したのです。なんて言うんだろう、ホントに看護の心を感じたっていうのだろうか・・・

その後もしまちゃんの看護をずっと見ていたけど、いつも「いい看護師だなあ」って、同僚として誇りに思える看護だったのです。

その彼女が1年前から近所の個人病院で働き始めたと書いてありました。そして「覚えられない、すぐ忘れる、脳の衰えを感じ日々うちのめされながら、何とか頑張っています」と・・・

そうは書いてあっても、漢字検定に挑戦したり、他にもいろいろ頑張っていた彼女のことだから、えむこは絶対に大丈夫だと思っているのです。それに、3人の子育てが一段落してからの再就職だから、あの時以上に思いやりの心がいっぱいだろうと思うし、そんな彼女がいる病院なら患者さんも安心できると思うのです。

もちろん、20年近くブランクがあっての再就職なので、個人病院といえども大変だとは思うのですが・・・

 だから、えむこは年賀状のしまちゃんの写真に向かって「頑張れ!! しまちゃん。応援してるからね~」と語りかけているのですよ。声は届かないかもしれないけどね・・・