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えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

父が最後に教えてくれたこと

今日は父の命日でした。

父も母も末っ子で、もう兄弟は誰もいないので、兄夫婦とえむこの3人だけで今日13回忌の法要を営みました。

ホントは弟も来る予定だったけど、事情があって来られなかったのです。

「もう、13年も経ってしまったんだなあ」と月日の流れの速さを感じます。

今まで、2回ほど書いた父のこと。

http://emukobb.hatenablog.com/entry/2012/11/21/220848

http://emukobb.hatenablog.com/entry/2012/12/01/215729

父は倒れた後、救急車でえむこの勤める病院に搬送してもらいました。

それから40日後に亡くなるまで、えむこは毎日、仕事を続けながら父の付き添いをしました。ホントは付き添う必要はないんだけど、意識のない状態で搬送され、意識が戻った父はえむこに傍にいて欲しそうだったから・・・

 

えむこが勤務していた病院の看護方式はプライマリーナーシングといって、1人の患者の入院から退院までを1人の看護師(プライマリーナース)が継続して受け持つというものでした。でも、受け持ち看護師がいつも勤務しているとは限らないので、勤務していない時はプライマリーナースが立案した看護計画に基づいて別のナース(アソシエートナース)が看護にあたるのです。

当時、えむこは総括主任という立場だったから、父の受け持ちは同じ立場の同僚がなってくれました。スタッフにしてみれば、総括主任の家族なんて、できれば受け持ちになりたくないものね。でも、プライマリーナースはいつも勤務しているわけではないので、受け持ちになった若いスタッフたちはえむこがいると、かなり緊張していたように思います。

 

えむこは自分の勤務していた病院の看護レベルは今でもいい方だと思っているのですよ。優しいし、親切だし、もちろん100点満点ではないけどね。他の病院にお見舞いに行った時や、研修での情報、何よりも夫が入院していた急性期病院の看護と比較してそう思うのです。

それでも、家族としては「えっ」と思うことや、悲しい思いになることが沢山ありました。看護のことがわかっているから余計にそんな気持ちになるのかもしれないのですが・・・

例えば、父は途中から呼吸器を装着することになったんだけど、その父に接する態度とかテープの貼り方、吸引の仕方・・・

清拭時の寝巻の扱いとか、汚れた時の対応とか・・・

要するに、父はえむこにとってはかけがえのない大切な人なんだけど、看護師にとってはその時かぎりの一患者っていう気がしてしまうのです。大事だと思っている人から見ると、何とも悲しくなることばかりなのです。もちろん、きちんとした対応の看護師もたくさんいたし、親切にしてもらった方がずっと多いのですが・・・

えむこは父が入院中に一度だけ、兄に愚痴を言ったことがあるのです。その時兄から「素人の僕が見ていても分かるよ。えむこは自分が勤めているから言いにくいかもしれないけど、指導する立場なんだから思うことは言うべきだと思う」と言われました。

でもね、父が入院中にはやっぱり言えませんでした。

だけどその後、やっぱり「この家族の思いはスタッフたちに伝えていかなくっちゃ」と思ったのです。

それは「えむこが看護師として働き続けるなら、今のこの家族の思いを忘れるんじゃないよ」って、父が言ってるような気がしたし、これは死ぬ間際まで自分自身の身を持って教えてくれた父からの大切な大切な贈り物なんだと思ったからです。

だから、それから退職するまでは折に触れ若いスタッフたちに伝えるようにしてきたつもりなのですよ。他の患者さんの看護の場面でね。業務においても、看護計画においても。充分ではなかったかもしれないけれど・・・

完全リタイアした今でも、元同僚と看護の話をする時には伝えることもあるのですよ。最後に父さんから教えてもらったことだから・・・