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えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

車いすになってから出かけたところ2

お出かけ 思い出

子どもたちが独立してから、年に何回かは夫と旅行に出かけるようになりました。と言っても、その頃の我家は夫の母と同居で、しかも母は介護が必要になっていたので、せいぜい1泊までの旅行です。1泊だったら夫の姉が泊まりがけで来てくれ、母の介護を手伝ってくれたから行くことができました。

夫の興味はいつも建造物と美術館。「どこどこの建物は誰々の設計だから見に行きたい」とか「どこどこの美術館に行きたい」とか・・・

美術館は建築的にもすごく興味があるみたいですし、作品にも興味があるのです。だから、私たちの旅行にはいつも美術館が含まれていました。それで、あちこちの美術館に行ったけれど、倒れる前に「行きたい」と言いながらも行く機会がなかったところがまだまだたくさんあるのです。

その中の1つに「フジヤマミュージアム」がありました。

http://www.fujiyama-museum.com/

ここは富士山の麓。富士急ハイランドの隣にあります。設計は大江匡さんで、いろんな賞を受賞した建物です。そして、富士山の絵ばかりが展示してあるのです。

富士山も大好きだから、夫は「次はフジヤマミュージアムに行こう」と言っていました。

でも、行かないうちに倒れてしまったのです。

 

夫が退院した1か月後に母が亡くなり、すべての後処理が終わったのが2011年の夏のこと。

夫が「フジヤマミュージアムに行きたい」と言っていたことを知っていた姉は、その頃から、えむこたち夫婦と弟たち夫婦をそこに連れて行ってあげたいと言うようになりました。母の後処理が済んだので「お礼として招待したい」と言うことでした。

弟夫婦の都合がどうしてもつかなかったので、えむこたちだけ昨年の今頃、連れて行って貰うことになりました。夫が車いすになってから初めての1泊旅行だったので、ちょっと心配だったけど姉の好意に甘えることにしたのです。

姉は福祉車両をレンタルし、バリアフリーの立派なホテルを予約してくれ、姉の連れ合いの運転で出かけました。

お天気は快晴で裾野から頂上まで見事なまでの富士山でした。こんなことは滅多にないと、感動ものでした。夫は「お~!!」と歓声を上げ、手で富士山を描くような仕草までしたのです。

富士山って見ているだけでとっても幸せな気分になれるのです。新幹線に乗った時も富士山が見えるとそれだけで何だか得した気分になれるから不思議です。

工事をしてたところだったのでいい写真がとれませんでしたが、こんな感じでした。

f:id:emukobb:20120218115646j:plain

気温はマイナス1℃から2度。冷たかったけど、えむこが住む地方のように空っ風は吹いていなかったので体感温度はそんなに低くは感じませんでした。

フジヤマミュージアムは正規の入口からは車いすでは入れないようで、職員用の出入り口から入れてくれました。

絵は富士山をイメージしたスロープ状の回廊をめぐって鑑賞するようになっていました。絵自体は著名な作者の物ばかりで素晴らしいものでしたが、緩やかなスロープといえども車いすではちょっと観るのに辛い感じでしたね。

ホテルは立派なバリアフリールームで、対応も良かったけれど、構造的にやっぱりお風呂には入れませんでした。まあ、これも想定内でしたけれど。

翌日の午前中も富士山の全景を見ることができ、ささやかな幸せさえ感じることができました。でも、帰る頃にはすっぽりと雲の中に入ってしまいました。そして、帰りに寄った道の駅ではレンタカーのバッテリーがあがってしまうというアクシデントがありました。えむこはJAFの会員なので何とかなりましたけれど・・・

 

車いすになってから初めての1泊旅行。

夫は話せないのでトイレも気遣いが必要ですし、時間もかかります。だからえむこは例え兄弟と言えども気を使ってしまうのです。弟が一緒だったらもう少し違ったかもしれないと思いながらも・・・

でも「ホテルで1泊できた」ということは「夫と2人でも行ける」という、えむこの自信に繋がりました。

だから、やっぱり連れて行ってもらってよかったと感謝しているのです。1人ではまず行くことはなかっただろうから・・・

まだ、次に1泊旅行に行く予定はないけれど「行こうと思えば行ける」とわかったから、そのうちには頑張って行ってみたいと思っているのです。