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えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

うなぎの思い出

今日は土用の丑の日ですね。

昼少し前に魚屋さんへ買い物に出かけたら、串刺ししたうなぎを山ほど焼いていました。

実はそれで今日が土用の丑の日だと気付いたわけなのです。

1匹2000円弱。「あ~、食べたいな」と思ったけれど、最近は夫が好まなくなったので、買わずに帰ってきました。あれが白焼きではなく、たれに漬けて焼いていたなら匂いにやられ、よだれが出てきて我慢できなかったかもしれませんね。

私は子どもの頃からうなぎは好物でした。昔は今ほど高級品だったかどうかわかりませんが、母が作ってくれたうなぎ丼は今でも忘れられない味の一つです。

そして「うなぎ」というと、他にもいつも思い出すことがあるのです。

私は名古屋の看護学校を卒業し、地元に帰りました。地元といっても同じ県内です。学生時代に仲良くしていた同級生のうちMちゃんとなべちゃんは実習病院に残りました。2人とも初めは寮生活。私が名古屋に行く時には事前に電話し、都合のつく人といつも会っていました。

そして、20代半ばの頃になべちゃんと会った時「えむちゃん、うなぎを食べに行こう。ご馳走するから・・・」と誘われました。20代半ばの看護師の給料は大卒男子の給料よりは大分よかったと思います。三交代勤務なので夜勤手当もあったからね。しかも誘われた時はボーナスの時期でもあったような気がします。寮生活をしていた彼女はゆとりもあったのでしょうね。それで彼女は錦にあるうなぎ屋さんへ連れて行ってくれました。

それまで私は母が作ってくれたうなぎ丼しか食べたことはありません。そこで初めて「ひつまぶし」というものをごちそうになったのだけれど、それはそれはおいしいくて、うなぎが好きな私にはたまらないごちそうでした。

それからどのぐらい経ってからか忘れてしまったけれど、私は名古屋に出かける用事ができ、なべちゃんと会う約束をしました。

その時、昼食を一緒に食べることになり、なべちゃんが「なにが食べたい?」と聞いてくれたので、私はすかさず「うなぎ」と答えました。それで、以前連れて行ってもらった錦のうなぎ屋さんに行くことになりました。もちろん、自分で支払つもりで「うなぎが食べたい」と言ったのですよ。

でも結局「えむちゃんは遠くから出てきているんだからごちそうするよ」と言われ、なべちゃんにごちそうしになってしまったのです。

うなぎって、その当時から高かったのですよね。なんだか、ごちそうになるなら「うなぎが食べたい」なんて言わなきゃよかったと後悔してしまいました。

その後、なべちゃんがマンションを買った時にはそれなりの新築祝いを贈ったりしてお付き合いは続いていたのですが・・・

なべちゃんは今では会うことができない遠い遠い黄泉の国へと旅立ってしまったのです。

だから、それからは「うなぎ」というとなべちゃんのことを思い出すようになってしまったのです。なべちゃんと食べたうなぎの味とともにね・・・