読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

おばあちゃんと言われたくない

えむこの事

昨日は敬老の日だった。そして、15日から1週間は老人の日とか。

そもそも老人というのは何歳からをいうのだろう。

広辞苑によると老人とは「年とった人。年寄り」とあり、高齢者は「年齢の高い人。WHOの定義では65歳以上の者の総称。老人とは異なり、年齢のみに着目した呼称」とある。訳が分からない・・・

シニア割引は60歳からのものが多い。でも、老人クラブやその他の老人関係のものを読むと65歳以上が対象のような気がする。

まあ、どうでもいいことだけど、自分が60歳以上、65歳未満という微妙な位置にいるからそんなことを思うのだろう。

だけど、呼び方は気になる。

私は夫の母のことを「おばあさん」と呼んでいた。夫もその兄弟も同じように呼んでいた。

自分の父のことも「おじいさん」と呼んでいた。母は私が結婚する前に亡くなったので「おばあさん」と呼ばれることはなかったけれど。

でも、初めは違った。父のことはもちろん「父さん」であり、夫の両親は「お義父さん・お義母さん」だった。

何時の頃からだろうか「おじいさん・おばあさん」になったのは。子どもたちがある程度大きくなってからだったような気がするが。両親はそう呼ばれることに抵抗はなかったのだろうか。

今、私の息子は夫のことは父さん、私のことは母さんと呼んでいる。4歳の孫に話す時だけ「じいちゃん・ばあちゃん」と言っているけれど。

何時だったか「孫に『おばあちゃん』と呼ばれたくないから、名前で呼ばせている」という話を聞いたことがある。私は孫に対して、そこまでは思わないけれど、やっぱり他人には「おばあちゃん」と呼ばれたくない。

実は長男のパートナーは私のことを「えむこさん」と呼ぶ。夫のことは「えむおさん」

因みに息子は彼女のご両親のことは「お父さん・おかあさん」と呼んでいるみたいだけれど。そして、私が彼女のことを“嫁”と書かず、あえてパートナーと書くのは長男が「パートナー」という表現を使うため。

私は彼女が私たちのことを名前で呼ぶことを嫌だとは思っていない。どうしてなのかは分からないけれど・・・

友人たちに話すと、みんな口を揃えて「え~・・・」と不思議がる。でも、私には彼女の意図は分からないけれど、絶対に長男と話し合って決めたことだと思っているから。だから、受け入れることができた。もちろん、はじめて言われた時にはどういう顔をしていいのか分からないぐらいびっくりしたけれど。

例え彼女が「私の母親ではないから」と思っていたとしても、もしかしたら「嫁姑ではなく人間として付き合いたい」と思ってくれたのかもしれないと思うから。

だけど、その彼女も最近は「ばあちゃんの所へ・・・」とか「じいちゃん・・・」と、孫に言い、えむこさんとかえむおさんと言わなくなった。こうして、私たちはおじいちゃん、おばあちゃんになっていくのだと思う。

でも、彼女に言われるのはまだいい。私自身も夫の両親にそう言ってきたのだから。

だけど、やっぱり他人には言われたくないと思う。

 

一昨年のお祭りでのこと。

夫が子ども神輿に御ひねりをあげたいと意思表示をした。それで、御ひねりを渡す時、町内のお役の方が子どもたちに「おじいさん・おばあさんが元気になるように、元気よく“わっしょい!!わっしょい!!”しましょう」と言ったのだ。

お役の方はおそらく息子世代。私としては「え~。あんたたちのおじいさん、おばあさんじゃないよ」って叫びたい感じだった。

もっと言い方あるでしょう。「〇〇さん」とか「おじさん、おばさん」とか・・・

その話を看護学校の同級生Mちゃんにメールしたら、笑われてしまった。だけど、Mちゃん自身も最近はバスで席を譲られたりと、年寄り扱いをされるみたい。

私たちは決して今の年齢よりも老けて見られるとは思っていない。だけど、これが現実なのだと受け入れなければならないのでしょう。でも「おばあちゃん」とは呼ばないで欲しいと思うのです。