えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

先のことは分からないけれど

今週のお題「2020年の私」

2020年。まずは、それまで私は生きているだろうか。

7年後のその年、私は日本人女性の平均寿命の年齢に届いていない。そして今、体調が悪いというわけでもない。だけど、この年になると1年後ですら想像ができない。

もしも生きていると仮定しても、元気で自立した生活が送れているかどうかも分からない。

その年は東京オリンピックパラリンピックの年。日本中が東京オリンピックで沸き立っているだろう。

元気で自立した生活を送っていたとしても、私は名実ともに高齢者の仲間入りをしている。だから、私はオリンピック観戦には行かないと思う。十分あるのは時間だけで、肉体的にも金銭的にも無理な気がするから。まあ、肉体的にも金銭的にも大丈夫だとしても、やっぱり行かないと思うけれど。

私は前回の東京オリンピックの時は中学生だった。両親は働かなければお金にならない家内工業。ほとんど休まずに働いていた両親は、開通したばかりの新幹線に乗って東京まで行くようなことはなかった。ただ、カラーテレビを買い、オリンピック自体は楽しんでいた。今の人は見たことがないと思うけれど、はじめてのテレビは白黒だったから。

東洋の魔女と言われた女子バレー。マラソン、重量挙げ、どの種目も夢中になって観ていた。

そして、開会式の前には高校生だった兄が聖火リレーの選手に選ばれ、愛知県と静岡県の県境を走った。どこから日本に聖火が届いたか忘れてしまったけれど、その聖火を各県(市)の代表がリレーで東京まで運んだのだ。聖火を持つ人が1名と、その後方を多分10人ぐらい人で。兄は聖火を持ったわけではなく、その後方の一人だった。だけど、両親は仕事を休み、家族総出で応援に出かけた。

そんな風に前回の時は夢中だった。

それから、各国で何回もオリンピックが開催された。だけど、私は段々興味がなくなり、最近では新聞で結果だけを見たり、ニュースでみる程度になってしまった。

だから、2020年の東京オリンピックは正直そんなに興味がない。経済効果やインフラの整備を叫ばれれば、反対はしてないけれど。

 

昨日は台風一過で青空が広がり、嬉しい程のいいお天気だった。今日も秋晴れのいいお天気。私は夫と久しぶりに爽やかな風を浴びながら、近所を散歩した。

2020年、もしも元気でいたならば、こんな風にゆったりと穏やかな日々を送ることができれば、もうそれで十分だと思っている。