月に2回、市の広報誌が組長さん経由で配布される。
広報誌だから、届いたらすぐにざっとだけれど全ページに目を通している。
これが結構情報満載なので、私は毎回楽しみにしているのだ。
特に「楽しむ・学ぶ」というコーナーには興味がいっぱい詰まっている。
とはいえ、講習会や自然観察会、見学会、市民大学、各種の講座にはいくら興味があっても今の私は参加することができないのだけれど。
それでも「おもしろそうだ」と思うと、そこからいろいろ広がることがあるから、読んでいるだけでも楽しいのだ。
今回の広報では「没後四十年 豊橋とともに歩んだ詩人 丸山薫」という1ページに渡った記事が魅力的だった。
私が小学生の頃、母が「丸山薫さんはすぐ近くに住んでいたことがあるのよ」と言っていた。
夫の小学生時代からの友人Kちゃんはこの間来てくれた時に「丸山薫さんはすぐそこに住んでいて、時々ベレー帽を被って歩いていたよ」と言っていた。
両方とも歩いても5分ぐらいの距離だったと思う。とはいえ、知り合いという訳ではないけれど。
お寺の住職さんのブログによると、先代の住職と親交が深く、ここにお墓をたてられたそうだ。
お寺の婦人会だったか年番だったかを務めた時「ランプ」という詩が額に入れられ掛けてあるのを見たことがある。
その時、読むには読んだけれど、どんな詩だったのか思い出せないでいる。
だけど、何だか身近に感じてしまうのだ。丸山薫さんのことを。
広報には、今号から12回にわたり毎月15日号に詩を紹介するとあった。
今回の詩は
美しい理念
夜空に星が煌めくように
真昼の空にも星があると
そう思う理念ほど
奇異に美しいものはない
私は山に住んで なぜか度々
その考えに囚われる
そして 山ふかく行って
沼の面を凝と瞶つめる
すると じっさいに
森閑と太陽のしずんだ水底から
無数の星がきらきら輝き出すのが
瞳に見えてくるのだ
やっぱ、いいな。
これからしばらくの間、丸山薫さんの詩を解説とともに読むのが楽しみになった。