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えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

夫の兄弟

夫は4人兄弟の3番目。7歳上の姉と2歳上の兄。そして1歳9か月下の弟がいる。

兄は私たちが結婚する2年前、27歳の時に事故で亡くなってしまったけれど、他の兄弟はみんな近くで暮らしている。

 

まだ若かった頃、私は本家の嫁という立場だったので思うことはいろいろあった。

今考えれば、大したことではなく、若かったから感じたことばかりだったと思っているけれど。だけど当時は夫の親兄弟のことで感じるストレスを夫に話すことができなかった。それは夫が親兄弟のことをとても大事に思っていることが分かっていたから。特に両親のことを。そして、結婚してすぐに、もしも嫁姑の争いが起きることがあれば「迷うことなく親を選ぶ」と言われたからかも知れない。

ただ、夫は私の親兄弟のこともとても大事にしてくれていた。だから、私も誰とも争うことなくやってこれたのだと思う。それに、夫はそんな言葉とは裏腹に私の側に立った言動をするものだから、反対に私が両親や兄弟の擁護をようになったということもある。

そして、私自身が嫁であると同時に、小姑でもあったから、相手のことを考えると何も言えなかったのだとも思う。

 

両親は元より優しい人だった。姉も親切で情が深い。弟は男だから関わりが少なかった。それでもいろいろ感じることがあったのだから、いかに自分ができていなかったのだと思う。で、心の中にしまっておいてよかったと思っている。

今では付き過ぎることも、離れすぎることもなく、兄弟仲良くできているのだから。

 

今日、姉から電話があった。

「菊をもらったから、うちのに届けてもらうから・・・」と。

姉の二男である甥の嫁の実家は菊やユリを栽培している。そこから菊をもらったという。

姉はいつも、盆、暮れ、春と秋の彼岸、両親の命日にはそうして菊を届けてくれている。そして、我家の仏壇にもお供えを持ってお参りに来る。だから多分、貰ったのではなく、頼んでいるのだと思っている。

「ありがとう」と言ったものの、さて彼岸でも命日でもないけれど・・・と、思っていた。

そして、5月7日は母の命日だったけれど、その前に菊を届けてくれたし・・・と、しばらく考えていた。

で、兄の命日も5月だったことを思い出したのだ。だけど、母より前の5月3日。

 

我家のカレンダーには年の初めに予定が書きこんである。同居してから亡くなった両親の命日は書いてあるけれど、結婚前に亡くなった兄の命日までは書いていない。

姉は毎年、兄の命日にも仏壇にお供えを持ってお参りに来ていた。だけど、今年は来なかった。で、姉は電話では何も言わなかったけれど、きっと兄のために菊を用意したのだと思い始めた。

 

いただいた立派な白い菊とカサブランカ。今月は母の命日の前にお墓参りに行ってきたけれど、明日はその花を持ってお墓参りに行ってこようと思っている。夫の代わりに。