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えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

平和であってほしい 追記あり

毎度毎度、草取りばかりをしているみたいだけれど、今日も夫がデイケアに出かけた後、私は草取りを始めた。

いつもと違うのは「今日はやる気満々」とまでは言わないけれど、「ここまではきれいにするぞ!!」という目標は決めていた。

なので、かなり頑張った。でも、根を詰めると腰が痛くなってくる。だから、時々は立ち上がり、庭木の剪定を織り交ぜながらの作業にした。

45㍑のビニール袋の3袋目がほぼいっぱいになった頃、予定していたところが9割方きれいになった。

そこで、近くの幼稚園から昼を報せるチャイムが聞こえてきた。

休憩なしで3時間びっしり作業をしたので、汗ぐっしょりだ。エアコンのスイッチを入れ、シャワーを浴び、昼食の準備。自分一人の昼食は冷ご飯をチンして作った塩昆布とおかかのおにぎりとお茶だけ。質素なもんだ。

昼食後はいつものようにスーパーに買出し。そして、あとは夫が帰って来るまでに夕食の準備をしておけばいいだけにしておいた。

で、買物から帰った後はエアコンを入れた部屋でまずは小休止。そして、昨日録画しておいた「ルーズベルトゲーム」の最終回を見た。

ルーズベルトゲーム」は地元がロケ地だというだけで見はじめたドラマだ。リアルタイムでは見ることができないのでいつも録画で見ている。「こんなこと、実際にはあり得ない・・・」と思いながらも、このドラマにはまってしまった。気が付くと、身を乗り出して拳を握りしめ、見入っていたぐらいに。

何と平和な一日だったのだろう。ありがたいことだと思わずにはいられない。

 

今日は「沖縄慰霊の日」だ。

朝刊には、昨年6月23日、糸満市であった沖縄戦の全戦没者を悼む式典で当時6歳だった少年が書いた詩が反響を呼び、その詩に人気絵本作家が絵をつけ、本になったという記事が載っていた。

へいわってすてきだね  安里有生君の詩

・・・・・・ねこがわらう。おなかがいっぱい。やぎがのんびりあるいている。けんかしてもすぐなかなおり。ちょうめいそうがたくさんはえ、よなぐにうまが、ヒヒーンとなく。

・・・・・・

やさしいこころがにじになる。へいわっていいね。へいわってうれしいね。みんなのこころから、へいわがうまれるんだね。

・・・・・・

ああ、ぼくは、へいわなときにうまれてよかったよ。このへいわが、ずっとつづいてほしい。みんなのえがおが、ずっとつづいてほしい。

・・・・・・

そして夕刊には、今日の「沖縄慰霊の日」の追悼式で、県平和祈念資料館が募集した「平和の詩」1588点の中から選ばれた小学校3年生の子どもさんが「空はつながっている」と題した詩を読み上げたそうだ。

空はつながっている  増田健琉君の詩

遠くの空の下では / 今でもせんそうをしている国があるんだって / 空はつながっているのに / どうしてかな / どこまでが平和で / どこからがせんそうなんだろう / せかい中の子どもたちみんなが / 学校に行けますように / 友だちとあそべますように / にこにこわらって / 家族でごはんが食べれますように / きっと / せかいは手をつなぎ合える / 青い空の下で話し合える / えがおとえがおでわかり合える / 思いやりの心でつうじ合える / 分け合う心でいたわり合える / 平和をねがう心で地球はうるおえる

どちらもすばらしい詩だ。平和を願う気持ちがぎっしりと詰まっている。

私の周りにも家族を戦争で亡くした人がいる。

この詩を読み、私は今日の平和な一日をかみしめていた。そして、今のこの平和がいつまでも続きますようにと願うばかりだ。

もう、二度と戦争が起きないように、悲しい思いをする人が出ないように、世界中が増田健琉君の詩のような平和な地球になりますようにと・・・

『追記』

新聞に載っていた安里有生君の詩は全文ではないことが分かった。今朝、全文を読んだのだけれど、もっともっと素晴らしい詩だった。だけど、今はそれを載せられないのでごめんなさい。

中日新聞には載っていたようだから、東京新聞には載っているのかしら。

増田健琉君の詩も新聞に掲載されていたところだけをつないだので全文かどうか分からない。ごめんなさい。だけど二つとも、載っていたところだけでも感動した。