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えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

夢に出てきてほしいのだけれど

あと2カ月もすると母が亡くなって40年になる。父も15年も前に亡くなった。

私がいくら会いたいと思っても、もう絶対に会えない遠い世界へ二人とも行ってしまったのだ。それでも無性に会いたいと思うことがある。最近は子どもたちが帰省し、帰ってしまった後には寂しさが募り、特に会いたくなってくるのだ。

 

母が亡くなってしばらくした頃から、時々母の夢を見るようになった。といっても、母は姿を現したことはないのだけれど。

母がいなくなって、私は必死に母を探している。誰かがどこどこで見たというと、そこまで探しに出かける。するとまたどこかに行ってしまった後で、泣いて目を覚ますという夢だ。不思議だけれどいつも同じ夢で、まるで「逃亡者」のような夢だった。

 

「逃亡者」といっても若い人は知らないと思うけれど、私が中学から高校の頃に放送していたアメリカのテレビドラマで、細かいことは忘れてしまったけれど、妻殺しの罪を着せられ、死刑判決を言い渡されたリチャードキンブルという医師が逃亡し、連邦保安官のジェラード警部に追われながら真犯人を見つけ出すというサスペンスなのだ。ジェラード警部がキンブル医師の居場所を突き止め、そこに行くと、キンブル医師は毎回際どいところで逃げていたのだ。

 

そんな夢を見る時は決まってお彼岸やお盆にお墓参りに行けなかった時だ。たぶん、お墓参りに行けないことが心に引っかかっていたのだろう。お参りに行くと、その後は夢に出てきてほしくても見ることがなかった。

でも、私が結婚してからは母のそんな夢すら見ることがなくなった。父の方は一度も夢に現れたことがない。夢を見ても忘れてしまい覚えてないだけかもしれないけれど。

 

今年のお盆、婚家のお墓参りには行ったけれど、実家のお墓にはお参りに行かなかった。14日に行こうと思えば行けないことはなかったけれど、その日はお天気が悪かったこともあるし、「13日には兄が迎え火を炊きに行っているはずだから、先祖の霊はお墓にはいないよな」なんて思ったりもして行かなかったのだ。まあ、信じているわけではないので留守参りをすると思えばいいのだけれど、その時はお花が枯れた頃にお参りに行こうと思ったのだ。

だけどやっぱり気になって仕方がなかった。

それに加え、長男家族は12日に帰省し13日には帰ってしまったし、二男は14日に帰省し16日には帰って行った。それで両親に会いたい気持ちに火が付いてしまった。

で、昨日は実家のお墓参りに行ってきた。

お花を供え、お線香を焚き、心の中でしばらく両親に話しかけてきた。今の夫のこと、私のこと、長男家族のこと、二男のこと等など。

そして、「まだお迎えに来てもらうわけにはいかないけれど、会いたいから、せめて夢にぐらい現れてよ」と言ってみた。

だけど、やっぱり昨日も夢を見ることはなかった。

「今日こそは会いに来てくれないかな・・・」と願い、両親のことを考えながら寝ることにしよう。