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えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

豊川稲荷へ初詣

いつの頃からだったか忘れたけれど、夫が倒れるまでは毎年3が日のうちに豊川稲荷へ初詣に行っていた。倒れた年の2010年には行ったので、もう4年も行っていなかった。

 

昨年、何人かの方のブログに「豊川稲荷に行ってきた」という記事があった。そして、「融通銭をいただいてきた」という言葉に「融通銭? えっ、本物のお金? 確か私も持っているけど、私のは本物じゃないはず。 えっ、翌年にお賽銭と一緒に返すの? えっ、私は20年以上持ってるけど、それでご利益がなかったのかしら?・・・」えっ? えっ? えっ? と、私の頭の中はハテナマークがぐるぐるとまわり、23年ほど前のことまで思い出していた。そして、私も無性に豊川稲荷に行きたくなった。だけど、昨年は行く機会を逸したまま年が明けてしまった。

(よく調べたら、私が実際に持っていたのは「融通銭」ではなく、お札受所で売られている「福銭」だった。そして、豊川の豊川稲荷には「融通銭」はおいてないみたいで、その時なんだかとっても残念な気がしたのだった。)

 

私が外科病棟に勤務していた時、Sさんという患者さんを受け持たせていただいた。Sさんは当時60代後半で、初めての入院だったと記憶している。病名は確か胆石だった。

Sさんの手術は無事に終わり、予定通り退院された。

その何か月かあとの1月、Sさんは「豊川稲荷で福銭をいただいてきたからあんたにあげに来た」と言い、病棟まで私に会いに来てくれたのだ。私が「気持ちは嬉しいけれど、患者さんからいただくわけにはいかないのよ」と言うと、Sさんは「本物のお金じゃあないから大丈夫。あんたにあげたくてもらってきたんだから・・・」と言うのだ。そう言われると、私は断ることができなかった。そして感謝していただいた。本当は、断れずに患者さんから何かをいただいてしまった時にはそれ相応のものをお返しすることになっている。だけど、当時は病棟師長に報告しただけで何もお返しすることはしなかった。

あれからもう23、4年経つ。いただいてから数年間は確か財布に入れていたと思うけれど、包んであった紙の折れ目がぼろぼろに破れてきたのでたんすの引き出しに大事に仕舞ったおいた。それを昨年から手帳に挟み持ち歩くようにしたのだ。何だか福がやってくるような気がして。

 

この間友人と会った時、豊川稲荷の話になった。友人は毎年1月中に参拝に出かけていると言い、今年も行く予定だと言った。それで話が進み、今日一緒に参拝してきた。

 

寺社へ参拝に行く時はいつも心落ち着く気がしたり、厳かな気持ちになったりするのだけれど、初詣ばかりはお祭り気分だ。今日も1月の祝日なので屋台は出ているし、大勢の人が遠方からも来ていた。そして参道の商店は客引きしているし、こんな大勢の人たちの願い事を聞いてもらえるのかしら?と思うほど賑やかだった。それでも本殿で手を合わせ、大黒殿で手を合わせ、大黒様を摩り、3万1151坪もあるという広い境内のあちこちにある社で手を合わせてきた。これもまた楽し・・・などと思いながら。