読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

命日と誕生日。そして父を想う

今年も1月14日がやってきた。

毎年書いているけれど、今日は父の命日であり、初孫の誕生日でもある。年度は違うけれど、同じ日のほとんど同じ時刻に父が亡くなり、孫が生まれたのだ。だから、私はこの日が来ると、いつも父を想い、孫の成長を願いながら、先祖からの命のつながりを考えてしまうのだ。

 

父は亡くなって今年でもう14年になる。一般的に、父親と娘というものは母娘ほど親密ではないかもしれないけれど、私の場合は結婚する前に母親を亡くしたことや、男兄弟しかいなかったこともあり、父とはよく話しをした。コーヒーを飲みに行ったり、ランチに行ったり、買物にも一緒に出かけた。私の方は父が寂しい思いをしないようにと思い、父の方は「母親がいれば・・・」と思ってのことだったと思う。結婚してからも夫が一人暮らしの父のことを気遣い、とても大事にしてくれたおかげで実家のことを変わりなくさせてもらえた。

夫は父をとても大事にしてくれたけれど、自営業を始めてからはものすごく生活が苦しくて、ついつい父に愚痴をこぼしてしまうことがあった。もちろん、何かをして欲しくて言うわけではなかったけれど。そんな時、父は黙って聞いて「お金は出し切ってしまうとそのうち入ってくるものだよ」と言ったり、〇〇が欲しいけれど買えないと言えば「いつも欲しいと思っていればそのうち必ず手に入るものだから、欲しい、欲しいと思っていればいいんだよ」と言うのだ。また、怒れて腹が立って仕方がないと言えば、黙って聞いてくれたあと「あんまり腹を立てると自分の体を痛めるよ」となだめてくれていた。私は100%話していたわけではないけれど、父に話してしまうと、それだけで心が落ち着いてきたものだった。

小さかったころは男の子顔負けのいたずらをしては竹の物差しを持った父に追っかけられたりしたけれど、母が亡くなってからの思い出は父の優しい笑顔とともに私の心の中にいっぱいしまい込まれている。

以前にも書いたことがあるけれど「父が来て 今日も教訓 おいていく」 という川柳。そして、そんな教訓が今もことあるごとに思い出されるのだ。