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えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

K君とその娘さん

長男が小学校に入学する少し前、我家は夫の両親が住む敷地内へ引っ越しをした。道路でいうと南へ2本、東へ2本の数百mの距離だ。引っ越し前と同じ町内だけれど区が違うため知っている人はなく、私にはまったく知らないところに引っ越すも同然だった。そして近くの子どもたちのことも知らなかったので、これから入学する長男のことが心配でならなかった。

 

引っ越してからしばらくすると、小学校で「新入学児童説明会」なるものが開催された。その時の内容はほとんど覚えてないけれど、ただ一つだけ今でもはっきりと覚えていることがある。それは「引っ越しなどで近所に知っている子どもさんがいない方は集団登校の班を決めるために6年生になる子どもさんに自分の子どもが入学することを伝えておいてください」という先生の言葉だった。

 

引っ越し先の組には長男と同じ年齢の男の子がいると義父から聞いた。その子の家は1本北側の道沿いで、同じ組に他に小学生はいなかった。そしてその子の家から5~6軒東のお宅には6年生になる男の子がいることも分かった。だから息子は当然その子たちと同じ通学班で登校することになると思った。でも、その子たちは息子のことを知らない。で、私は学校で言われたように6年生になる子のお宅に伺った。

ところが、6年生になる子どもさんには会えず、そのお母さんの対応は「通学班は先生が決めるんじゃあないですか」とけんもほろろだった。私が学校の説明会で先生から言われたと伝えても取り付く島もなく「子どもに伝えておきます」と言う言葉さえ言ってもらえなかった。それからの私は夜も眠れないほど心配で心配でたまらなくなってしまった。

 

それからしばらく経ったある日、小学生の男の子が長男を訪ねてやって来た。それがK君だった。

K君は「君が今度小学校に入学するS君かな? お利口さんの顔をしてるね」と、キョトンとした長男の顔を覗き込み、優しく話しかけた。そして名前を名乗り、自分の家の位置と入学後の通学班が自分の班になったことを私たちに告げた。

K君の家は道路でいうと我家から南に1本、西に1本行ったところにあり、小学校に行くにはK君も息子も戻ることになる位置だ。K君は私に「もっと近い班があるけれど・・・」と自分の班になった経緯を話し、毎日自分が迎えに来るから心配しなくていいと付け足した。

K君の話によると、通学班を決める時、黒板に書かれた新1年生の名前を見て、上級生が「この子は知っているから自分の班」というように決めたという。そして息子は誰一人知らないからと最後まで引き受けてくれる班がなかったそうだ。それでもっと近い班があるのに申し訳ないけれど自分の班になったのだと説明した。そして何度も何度も「僕が迎えに来るから何にも心配しなくていいからね」と言ってくれた。

 

入学式の翌日から、K君は約束通り毎日息子を迎えに来てくれた。そして優しく息子の手を取り、学校まで連れて行ってくれた。私がK君の家まで送って行こうとするとK君は必ず「おばさん、僕が絶対に迎えに行ってあげるから、おばさんも何にも心配しないで家で待っててくれればいいからね」と言うのだ。そんな6年生の男の子の言葉に私は涙がこぼれそうなほど感動し、うれしかった。

おかげで私は心配することもなくなり、息子は地域の子どもたちとすんなり馴染むことができたのだと、K君にはとても感謝している。

 

1年後、K君は中学生になり、その後は会うことがなくなった。

10年ぐらい前だったと思う。K君が京都の芸大を卒業し学校の先生になったと風のうわさで聞いた。K君ならきっといい先生になっただろうと、その後も会うことはなかったけれど、私は心から応援していた。

 

数年前、結婚して子どもさんにも恵まれたK君は実家の数軒東側(我家に近い側)に家を建て、引っ越してきたと聞いた。子どもさんはもう小学生で、女の子だそうだ。

 

少し前のゴミ出しの日、通学班の集合場所に集まる子どもたちに出会った。その時、その中の一人の女の子が私に「おはようございます」と挨拶をした。私も「おはようございます」とその子の顔を見ながら声をかけた。するとK君にそっくりの顔をした女の子だった。

その子は私に挨拶をした後、ランドセルに黄色いカバーをかけた女の子の顔を優しく覗き込み、何か話しかけていた。そして、手を取り歩き始めた。

私はその子がK君の娘さんに違いないと確信した。息子の手を取り通学してくれたK君の姿そのままだったから。

女の子たちが歩いて行く後姿を眺めながら、私は当時の自分や息子、そしてK君のことを思い出していた。きっと黄色いランドセルカバーをかけた女の子も安心して通学できるだろうと思いながら。