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えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

絵手紙を出そう

彼岸の入りの日曜日、夫の姉がいつものように立派な菊の花を持ってきてくれた。

義姉の二男のお嫁さんの実家で栽培している菊を春・秋の彼岸、盆、暮れ、法事の時などには必ず持ってきてくれるのだ。今回は白い菊が10本、黄色の菊が10本、白と黄色と赤紫の 小菊が合わせて10本。それとサトイモとショウガと仏壇へのお供え物も持ってきてくれた。

 

ほんとうはその日のうちにお墓参りに行くといいのだけれど、夫と二人で行くのはちょっと厳しい。お墓とお墓の間の通路は車いすにはちょっと狭いし、お花とお水とお線香類を持って夫の車いすを押すことはできない。夫をお墓あるいは手水舎に残し、私が二往復すれば行けないことはないけれど。

それで、夫にはお仏壇に手を合わせてもらい、夫のデイケア日の月曜日に私が一人でお参りに行ってきた。敬老の日で祝日だけど、デイケアは通常通りだから。

 

祝日でもデイケアは通常通りだけれど、訪問リハビリはお休みになる。

なので、国民の祝日の今日はお休みだった。夫にするとこんなに連休があってもお休みなのは今日だけだ。かといって、高速道路は連日渋滞しているとテレビのニュースで言っているし、出かける気力は全くない。

 

今、義姉の二男(甥)が息子のことで思い悩んでいる。お嫁さんもノイローゼになりそうなほどの状況らしい。詳しいことは書けないのだけれど、この春高校に入学した甥の子は二学期が始まる前に「学校に行きたくない」と言い始めたそうだ。実際に数日休み、今は何とか行っているという。

このことを義姉から初めて聞いたのは8月末のこと。原因らしきことも聞いたけれど本当のことは私にはわからない。

その時、テレビで『中高生の自殺が一番多いのは二学期が始まる前日だ』というニュースを聞いたばかりだった。どこかの図書館では司書の方が「学校に行きたくないのなら図書館にいらっしゃい」と呼びかけていることも知った。学校は命を懸けてまで行かなくていいと。

 

甥の子どもは年に一度だけ、正月に親たちと一緒にみんなで我家に来てくれる。だけど、仏さまに手を合わせたら直ぐに帰ってしまうので親しく話をすることはない。甥やそのお嫁さんも年に数回会うだけだ。それでも、彼らのことを思うと胸が痛い。本人のことを思えば、さぞかし辛いだろうとますます胸が痛む。その上、義姉はお嫁さんに言わなくてもいいことを言ってしまったと後悔しているし、甥の方もお嫁さんのお母さんにかなりのことを言われたという。みんな心配してのことだというのは分かっているけれど、みんながみんな辛い思いを抱え込んでしまっている。それでも私に何ができるというものではないけれど。

 

甥のところから姉を通していただいたサトイモとショウガ。サトイモは掘ったばかりのようで、親いもに小芋が付いた状態の株のままで持ってきてくれた。 

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こんな風に小さな葉っぱまで付いていると、夫の絵心はそそられるのだと思う。

「絵を描く?」と聞いてみたら頷いた。

 

で、今日のお休みは甥夫婦にお礼状を書くことにした。

夫がサトイモの絵を描き、私が宛名側に一言添えて。もちろん、私は何も知らないのだから書くのはお礼の言葉だけにして。

 

夫はサトイモの株をあっちに向けこっちに向けしながら位置を決め、描きはじめた。

何枚か描いたけれど、まだまだ思うようには描けないようだ。

それでも、私にとっては毎回が最高の一枚であり、元気のもとになるのだ。

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甥は夫が回復してきたこと、こうして絵が描けるようになったことをいつも喜んでくれている。

 

実は、甥自身も高校時代にその息子とは違う理由で退学したいと言い出したことがある。その時は苦手な専門分野から逃げ出したいだけだと分かったので、夫が手助けし、卒業することができたのだ。

 

でも、今回は理由が違う。

甥もお嫁さんもその子どももみんなどうしようもなく沈んでしまっているようだ。

そんな時、周りにいる私たちは「ガンバレ!!」なんて言えないし、「学校なんて行かなくてもいい」とも言えない。だけど、役に立てるものなら何でも役に立ちたいと思うのだ。

心が沈んでいる時にはこんな絵手紙ごときで元気になれないことは分かっている。だけど、私たちにはこんなことぐらいしかできないのだ。

ただただこうして伝わらない思いを伝えたいと思うだけで・・・