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えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

庭仕事で心は落ち着いたけれど

このところ、夫がデイケアに出かけると1時間から2時間ぐらいは庭仕事をしていた。

庭仕事と言っても主に枯れてしまった小菊の枝を順番に切り戻す作業だ。それと並行して庭の整備をしながら、シュウメイギクやほかの植物の枯れ枝を刈り取ったり、草取りをしたりと。小菊はかなりたくさんの株だったので1回に45リットルのビニール袋2袋ぐらいで止め、次のデイケア日に続きを行うというようにしていた。そして、今日で小菊はすべての枝を切り、片づけた。

 

小菊がなくなると、庭に色もなくなり、とてもさみしい庭になってしまった。ただ色づき始めた金柑だけが明るくしてくれてはいたけれど。 

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そう思いながらシュウメイギクを片付けていたら、水仙が咲いているのを発見。

この水仙、大好きだからそれだけでうれしくなってきた。 

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 実は、今日は朝から腹を立てていたのだ。夫にではなく、近所の子どもたちに。

 

夫がデイケアに行く時、送迎車のところまで送って行った。すると、側溝や車庫にお菓子の空き袋が散乱していた。空き袋だけでなく、ガムの食べかすが5つも6つも道路や側溝だけでなく、我家の車庫の中まで捨ててあったのだ。その上、南側の側溝には空き缶が2個。公園側の側溝にも3個と。

 

夫が倒れる2年ほど前、道を挟んだ西側に新しい家が3件建った。それまでは何年も我家の辺りには子どもはいなかった。なので、公園にはちょっと離れたところから幼い子どもを連れたお母さんが来るか、シルバーカーを押したお年寄りが来るぐらいで、静かなものだった。

 

新しい家が建った時、そこには子どもさんが何人かいたけれど、まだみんな小さかった。

あれから7年の月日が経った。3軒のうちの1軒には子どもさんが4人いて、一番上の男の子は小学校の3年生か4年生になったのだと思う。最近、その子のところに男の子ばかり7人も8人も集まるようになった。我家も息子が二人だったこともあり、初めは懐かしいような気持ちで微笑ましく眺めていた。ところがそのうちボール遊びを始め、サッカーボールやドッチボールを我家の擁壁(その上にブロック塀とフェンスがある)に投げつけたり、蹴りつけたりするようになった。で、ぶつけているところを見ると「塀にはぶつけないでね」と声をかけるようにした。その時は「はい」と素直に返事をするのだけれど、しばらくするとまたぶつけるのだ。そのたびに注意すること5、6回ばかりではないと思う。それだけではなく、今度は道路でドッチボールを始め、交差点に向けてボールを投げている。もちろん、道路でドッチボールをするのは危ないこと、特に交差点に向けてボールを投げるのがどんなに危ないかも話すのだけれど、やめるのはその時だけ。だからボールの音が聞こえてくると私はイライラするようになってしまった。

 

この間、楽しそうに大騒ぎをしていたけれど、ボールの音は聞こえなかった。すると、翌日は道路や側溝、我家の車庫の中まで輪ゴムが散乱していた。

で、今日のお菓子の空き袋とジュースの空き缶とガムの食べかすだ。犯人は彼らだという証拠はなにもないけれど、私の中では彼らに決まっている。もう怒り心頭だった。

 

そうは言っても、そのままにはしておけないので空き缶を公園の横に設置してあるビンカンボックスに捨てに行き、それからゴミ拾いでお菓子の空き袋やガムの食べかすを片付けた。そして腹を立てながら始めた庭仕事だった。

 

水仙を見つけ、ちょっと心が落ち着き、腰を伸ばすと今度は五色椿も咲き始めているのを見つけた。これからまだまだたくさんの花が咲きそうだとひとしきり眺めていた。

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そういえば生垣の山茶花も咲いていた。 

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 濃いピンクも咲いていたけれど、今はちょうど散ったところで薄いピンクのみ。

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庭仕事を終えるころには怒りはもう収まっていたけれど 、彼らが中学生になるまではこんなイライラが続きそうだ。

「子ども叱るな来た道だもの・・・」というけれど、言わなきゃ分からないこともある。我家の息子たちがあの年齢の頃には誰彼なく注意できたのだけれど、今はそれができない。だから私はストレスでどうかなりそうだ。まあ、今は庭仕事で心は落ち着いたけれど・・・