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えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

明日になればいつもの日常に戻る

夫が倒れて5年以上経つと、思うことはいろいろあるし、不自由な生活ではあるけれど、それなりに落ちついた生活が送れるようになった。

年寄りの二人暮らしなので、日によって多少の違いはあるとはいえ、あまり変化もなく、まるで判を押したような生活なのだけれど、穏やかな日常でもある。

 

そんな生活だけれど、今週はいろいろなことがあった。まあ、すべてがささやかなことであり、たわいもないことばかりなのだけれど。

 

月曜日に「おとなのおはなし会」を聴きに行ったことは書いた。

火曜日はいつも通り。火曜日の行動というハンコがあったとしたらほんとうに何一つ変わらないような一日だった。

 

水曜日。夫はデイケアに行く日だったけれど、送迎車に間に合わず送って行った。その足で私はギャラリー喫茶へ展示を見に行きながら一人でコーヒーを飲んだ。

その帰り道、友人から「時間があったら遊びに来ない?」と誘いの電話が入り、そのまま友人のところに行った。そして、友人宅でひとしゃべりし、ランチに行き、また友人宅に戻り、おしゃべりをして帰宅した。

友人は私より11歳年上で編み物は得意だし洋裁もできる。最近では図書館で本を借りては読んでいる。友人も多く、ご近所付き合いもしている。友人たちと出かけることも多く、ご近所さんからは散歩に誘われ一緒に出かけたりもしている。だけど、一人ででかけることがないそうで、誘いがかからないときは何をして過ごそうかと考えているという。で、その日のおしゃべりのテーマは一人で楽しむことについてだった。

 

木曜日。珍しく高校時代の友人Yちゃんから「今日の予定はどうなってますか? コーヒーぐらい飲む時間はありますか?」と、電話が入った。Yちゃんのご主人も同級生なので私もよく知っている。そのご主人が肺がんになり、抗がん剤治療の副作用で腎機能障害が起き、今は経過観察中。二人で家で過ごす日が長くなるとストレスが溜まってくるようだ。本当は息子さんからランチ本をプレゼントされたのでランチにも行く予定でいたそうだ。ランチ本というのは全国どこにもあるのかどうか知らないけれど、1000円弱の本で、その本を持って紹介されているお店に行くとかなりの値引きサービスがあるらしい。誘われたときにしか外食しない私には縁のない本だけれどランチを食べに行く人にはかなり人気があるようだ。でも、昼直前に息子さんから電話が入り、残念ながらランチは次回ということになった。それでもたっぷり1時間半ぐらいのおしゃべりを楽しんだ。

 

ここまでは大きく変わった日常でもないのだけれど、金曜日から今日までは二男が出張途中で帰省していた。

先週末、二男から帰省すると電話があり、金曜日の16時少し過ぎに帰ってきた。先週の月曜日から金曜日まで岐阜に出張で、来週月曜日から滋賀県に出張だと言う。で、金・土と我家で泊まることにしたそうだ。

正月に会ったばかりの息子とはいえ親としてはかなりうれしいことだった。とはいえロクに話をするわけでもなく、起きたいとき起き、食べたいときに食べるというかなりマイペースな生活だったのだけれど。まあ、今週初めからホテル暮らしで、来週もホテル暮らしを余儀なくされるわけだから、親としても実家に帰省した時ぐらいはゆっくりさせてやりたいと思い、起こしもせず好きにさせていたのだけれど。それでも同じ家にいると言うだけでうれしかった。そして、今のナスはあんまりおいしいものではないと思いながらもどんなふうに料理しても大好きだと言うナスを買い置き、ナスの丸焼きや肉みそ炒めなどをいそいそと作り、後は刺身や肉を焼いたり、一人暮らしでは普段食べることが少ない野菜の煮物をたっぷり作り・・・と、とにかくうれしい3日間だった。

 

そして今日の昼頃「今度は夏に帰れるかなあ」と言いながら、次の出張先へと出かけて行った。私は息子の後姿を見送りながら「生きている間にあと何回ぐらい会えるだろうか」と思い、いつものことだけれど「これが今生の別れかも・・・」という気になってしまうのだ。

そして、こうしたうれしかった後には必ずおとずれる寂しさが私を襲ってくる。散らかった部屋に掃除機をかけ、食器類を片付け、元気になるような音楽をかけ、気を紛らわせているのだけれど、どうしても寂しさが私を襲って離さない。

「年を取るということは寂しさ(孤独)と闘うことだ」と聞いたことがある。決して一人が嫌いなわけではないのだけれど、今はそんな言葉を実感している。そして「年寄りの気持ちはその年にならないと決して分からない」とも聞く。息子に同居してほしいというわけでもなく、この寂しさを分かってほしいわけでもない。ただただ、会いたい気持ちと、会えてうれしかった気持ち、そしてそのあとのどうしようもない寂しさと闘っているだけなのだ。まあ、暇だからそんな風に思うのかもしれないけれど。

 

明日は夫のデイケア日だ。一晩寝ればきっと明日はいつもの日常に戻っているだろう。うれしかった気持ちだけを残して。