えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

いい顔になったね

この間、夫が窓越しに外を眺めていると、我家の前の道路を歩いていたご近所さんと目が合ったようだ。その方は私が新卒で就職した先の先輩でもある方だ。それで、夫が「おう、おう、おう・・・」と声を出した。なんだろうと思い、私も窓の外を見ると、私の顔を見た彼女は「お~い」と言いながら階段を上がってきた。そんな時でもないとご近所さんとはいえ、話すことはないので。

 

彼女は夫の顔を見るたびに声をかけてくれる。そして、先ずは「本当にいい顔になったね」と言った。決してハンサムだともカッコいいと言われたわけではないけれど、そう言われると夫はいつだって嬉しそうに声を出して笑うのだ。

 

退院したばかりの頃の夫は右目も右の口角もだらりと下がり、明らかに右マヒだと分かるような顔つきだった。今でも食後は右の口腔内に残渣が溜まるのでマヒがあることに変わりはないけれど、見た目はかなり良くなった。毎日見ている私でさえもかなり良くなったと感じるのだから、滅多に会わないご近所さんは私以上に良くなったと感じるのだろう。

 

ご近所さんが帰られた後、私も夫の顔を見ながら「いい顔になりましたね」と何度も言い、夫を構っていた。いい顔になったということは回復してきたということ。だから嬉しい言葉なのだと思う。夫はそのたび声を出して笑い、一日ごきげんが良かった。

 

その翌日のこと。

あまりに陽気がいいので夫を誘い、家の前の公園でさくらを眺めていた。すると誰か知らない人が我家の玄関前で何か用事がありそうにしている。急いで戻り声をかけると、今年度からお寺の婦人会の役を引き受けて下さった方で、会費の集金だった。

その方は初めてのことで集金する家の場所が分からずに困ってみえた。私は夫のことがあり、役を引き受けることができなくなったので飛ばしていただいている。なので、我家の近くに住んでいる檀家さん数件の案内を買って出た。そのぐらいなら夫と散歩がてら私にもできることだから。

 

その帰り道、前日と違うご近所さんと出会った。

庭仕事をしていて私の声に気づき、声をかけてくれたのだ。彼女の息子さんと我家の長男が同級生だったことから子どもたちが小学生の頃にはよく話をしていた。だけど、子どもたちが大きくなるにつれ、会うことも話すことも減り、今では年に何回顔を合わせるだろうと言うぐらいになってしまった。それでも私にとっては一番親しいご近所さんなのだ。

 

彼女も夫に「いい顔になったね」と言ってくれた。それで、夫はまたもや声を出して笑った。そして、私たちに「二人でいるとすごくいい雰囲気だから写真を撮ってあげる。撮らせて!!」と言うのだ。もちろん、被写体に耐えられるような姿ではないので丁重にお断りしたけれど、正直ちょっと嬉しかった。

で、その日も私は「いい顔ですね」とか「二人でいるといい雰囲気ですよ」と、言っては夫を構っていた。すると、夫はそのたびに声を出して笑うのだ。だから、今では夫を笑わせたいと「いい顔になりましたね」と言っては構っている。

 

年寄り二人の生活は単純でものすごく静かだ。元々はおしゃべり家族だったのだけれど、失語症の夫は話せない。声は出せるけれど黙っていることの方が多く、CDでもかけていなければ静かすぎて寂しくなってしまうぐらいだ。だから、こんな言葉一つで声を出して笑うのならばと同じことを何度も言っては笑わせている。

笑って暮らせるほど幸せなことはないものだから。 

 

このところ我家に来るねこちゃん。

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どこの子なのかは知らないけれど、飼い猫だと思う。

我家に来るたび、メダカが入れてある火鉢にまたがり水の中に前足を入れている。この時も、そんないたずらをして私に叱られたばかり。「ごめんなさい」の表情に見えなくはないけれど、いい顔はできないでいるみたいだ。