えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

和田英作展へ行ってきた

多分4月の初めごろだったと思うけれど、新聞を読んでいた夫が「おうおう」と声を出し私に何か言おうとした。「なに?」と聞くと、また「おうおう」と言いながら新聞の広告を指さした。見ると、刈谷市美術館で開催予定の「和田英作展」の案内だった。  

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「行きたいってこと?」と聞くと、「うんうん」と首を縦に頷いた。我家から刈谷までならちょっと遠いけれど高速を使えば1時間30分ぐらいで行けるはず。夫が行きたいと意思表示したところへは極力連れて行ってあげたいと思う。

「じゃあ始まったら観に行こうか」と言いながら、忘れないように新聞を切り抜き、目につくところに張っておいた。

 

夫と出かけるにはいろんな条件がある。

先ずはお天気がいいこと。そしてお通じ。それに、できれば平日が良い。今はデイケアか訪問リハビリを休まなければ平日には行くことができない。でも、休みたくはないから連休以外の日曜日で、開催したばかりの頃は避けて・・・等など考えていたらなかなか行く時が見つからない。それでも、15日か22日か29日のどこかで行こうと考えていた。

すると先週の土曜日、訪問リハビリの担当者から21日(今日)はお休みにしてほしいと言われた。「それなら・・・」と言うことで、今日は刈谷市美術館へ行くことにした。

 

で、昨夜は早々と床に就き体調を整えた。そして、今朝はいつもより早く起き、準備も万端だ。お天気は上々。夫も出発前にはお通じが済み、万全の体制でのお出かけとなった。出発は9時20分、途中でトイレ休憩や買い物をしたけれど、11時には会場に着いた。

 

和田英作展はパンフレットによると、

・・・・・・

和田英作の初期から晩年までの代表的な油彩画をはじめ、素描や下絵、1945(昭和年20)年の疎開を機に愛知・知立刈谷を描いた風景画などを含む90余点により、70年にわたる画業を振り返ろうとするもの・・・・・・

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 会場に入ると、夫は自ら健側のフットレスト(足を乗せるところ)を跳ね上げ、足漕ぎを始めた。そうするのは自分のペースで観たいと思っている証拠なのだ。

 

夫は入ってすぐの代表作「渡頭の夕暮れ」の前で足が止まった。(パンフレット表、上の絵)

これもパンフレットによると

・・・13歳頃から洋画を学び始め、曽山幸彦、原田直次郎から指導を受けます。その後、天真道場に入門し、黒田清輝や久米桂一郎に学び、1896(明治29)年の白馬会の結成に参加。同年開設された東京美術学校西洋画科の助教授に招聘されるも、和田は同職を辞して同科選科4年級に編入し、名作として名高い≪渡頭の夕暮れ≫を卒業制作として描きます。・・・・・・

絵に精通しているわけでもない私が言うのも変だけれど「さすがだ!!」と言う感じ。私も一緒に見入ってしまった。中には 黒田清輝を思わせるような絵もあったけれど、富士山の絵、バラの絵などにも心ひかれ、素晴らしかった。

夫は帰る前にもう一度「渡頭の夕暮れ」の絵を観たいと展示室に入り、思う存分眺めていた。

でも、今回は図録も絵はがきもいらないそうで買わずに帰ってきた。

 

展覧会はもちろん素晴らしかったけれど、今日は一日すべてがスムーズだった。お天気は快晴。出かける前にお通じは済んだ。東名高速は渋滞もなくスムーズだった。途中で寄った美合PAの多目的トイレは右マヒの夫にはとても使いやすいトイレだった。昼はそこのPAでおにぎりとおすしを買っておき(飲み物は持って行った)、絵を観てから駐車場で食べた。美術館にレストランがあればそこで食べるのだけれど、これも又良し。美術館の障害者用トイレも右マヒの夫に使いやすいタイプだった。帰りはノンストップで1時間15分で家に戻れた。時間は14時少し前だったので、夫はいつものようにお昼寝までできた。思い返せばまだまだ・・・

「今日は何と良い一日だったことでしょう・・・」と、今また余韻を楽しみながら振り返っているところだ。