えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

地味な子

子どもの頃のことはよく覚えてないけれど、就職してからはよく「地味な子」と言われた。それはあんまりいい意味ではなく、おそらく「貧乏くさい」みたいな感じだったような気がする。

 

私がストッキングというものを穿きだしたのは、看護学校に入学してからのこと。その頃はまだパンストというものではなく、ストッキングは高級品だった。伝線すると、修理して使っていた時代だ。専門に修理してくれるところがあって、そこに伝線したストッキングを持って行くと、値段は覚えていないが、機械でかがってくれた。

看護学校を卒業し就職した頃は、ストッキングの値段も下がっていたのか、修理をしてくれるところはなくなっていたような気がする。だけど、その頃の私はまだストッキングは修理するのが当たり前だと思っていた。

だから、職場で穿いていた白のストッキングが伝線すると、私は白い糸を使って繕っていた。当時、繕ったストッキングなど穿いている者は誰もいなくなっていることにも気づかずに。

ある時、先輩看護師から「あんたは地味な子だね。だけど、給料をもらっているんだからストッキングぐらい買いなさいよ」と言われた。

それが最初に「地味な子」と言われた記憶。

次も同じ職場でのこと。

昼休憩の時、時々売店まで買物に行った。その時、買った物を裸で持ち歩くのが嫌で、いつも風呂敷を持って買物に行った。今のようにビニール袋に入れてくれることがなかったから。

その時も売店の職員に「あんたは地味な子だね。風呂敷を持って・・・」と言われた。

自分では何の違和感もなくやっていたことが他人には「地味な子」と写っていたことを、初めて知らされた。

だけど、親にもそう思わせたかもしれないと思う。

就職するまでは親が洋服を買ってくれていた。それが、就職と同時に私は洋服を買わなくなった。私は気に入った洋服が数枚あれば、それ以上に欲しくはなかっただけだけど。だけど、年頃の女の子が洋服を欲しがらないのは心配だったみたい。いつも着た切りスズメの私に、母は「お金を出してあげるから、お願いだから買って・・・」と言ったぐらい。ただ着るものがあれば、それ以上は欲しくなかっただけで、親に心配させても仕方がないから、その時は自分の給料で買うことにした。

 

結婚してからは夫の母親にも言われたことがある。直接ではなく、夫を介してだったけど「えむこさんは地味な子だね」と。

私は自分が地味だという意識がなかったので、どうしてそう思われたのかよく分からなかった。着ているものが黒、グレー、茶、ベージュ、白といった無彩色ばかりだったからそう言われたのか。それとも必要なものしか買わないからなのか・・・

夫は私のことを地味とは言われなかったけど「これだけはやめて欲しい」と言われたことはある。

ストッキングを繕うのは当たり前だった私は、夫のパンツも靴下も繕っていた。

その頃、会社員だった夫は「外で何があるか分からないから、お願いだからパンツだけは繕わないで欲しい」と。

今はもちろん、ストッキングも靴下もパンツも繕うことはない。着ているものも相変わらず無彩色。必要なものしか買わないことも変わりはない。

 

夫が倒れてから、自分の物は下着以外は買ったことがない。

夫の母も兄弟も新しいものが好きなタイプ。だから、洋服はシーズンごとに必ず買う。姉は台所用品もよく買っている。

だから、夫の洋服は今でもシーズンごとに買っている。でも、自分のものは欲しくないと言うか、使えるものがあるうちは買えないだけなのだ。

 

地味って、どういうことを言うのだろう。

私の場合、質素? ケチ? 着ているものからそう思われるの?

冒頭で書いたように、人に貧乏くさいと感じさせているのだろうか・・・

また「地味だね」みたいに言われ、ちょっと考えてしまった。