結婚した頃の夫は縦のものを横にもしない人だった。
家のことは全て私に任せ、自分は会社一筋みたいな。子どもが2人生まれてからも「男は・・・」と言い、イクメンにはほど遠い人だった。
それが、会社を辞め、自営業となり、弟の結婚と同時に両親と同じ敷地内での半同居生活。そして、父親が亡くなり、母親と同居。私が勤めに出るようになり、子どもたちが独立。そして、母の介護が必要になる、というような環境の変化の度に、夫は少しづつ変わっていった。
それぞれの時に、どんなふうに変わったのかは、またの機会に書くとして、私が勤めに出るようになってからは、とにかく何でもしてくれる人になっていた。
洗濯と、自分と私の夕食の準備だけは別だけど。
一番初めにするようになったのは掃除。
以前、近くの郵便局の局長さんが何かの用事で我家に来たことがある。その時、私が留守だったので夫が対応した。
その後、私が郵便局に行くと、局長さんが「ご主人の事務所は奥さんが掃除をしているのですか?」と聞いてきた。私が夫が自分でしていることを話すと、局長さんは「ご主人はきれい好きなんですね。すごくきれいだったから・・・」と、ちょっと驚いたように言われた。
私は夫の事務所の掃除は一度もしたことがない。だけど、汚いと思ったことはなかった。汚いのは目立つけれど、きれいなのは目立たないから、気づかなかったのでしょう。だから、私はその時初めて、夫がきれい好きだと知ったのかもしれない。
そう思うと、夫は事務所だけではなく、玄関や庭、そして外回りもいつの間にか掃除をするようになっていた。
イライラしたり疲れると、特にその傾向があったように思う。私はその頃、夫が「イライラして掃除を始めたな」と思うと「こっちも汚いよ・・・」とか言いながら、怒らせないように上手にあしらい、その後には必ず夫の好きな献立にして、ご機嫌を取るようにしていた。
昨日書いたように、今日は大工さんが物置の修理に来てくれた。倒れる前は、家のメンテナンスは全て夫の役割だった。仕事柄もあり、好きな分野だったから。
大工さんが来るやいなや、夫はもう気になって仕方がない。初めは縁側から大工さんの仕事が見えるようにしておいた。だけど、庭に出たい気持ちが伝わってくる。それで、朝の一連の仕事が済んでから、庭に出ることにした。
物置の中は大工さんが作業できるように片付けてある。だけど、夫は物置に入るのは倒れて以来のこと。入口から眺めたことはあるけれど。
物置は敷地の奥の方にある。そこに行くまでに、夫は何度「おー。おー。」と声を出し、草を指さしただろう。草だらけになっているのが気に入らないのだ。
物置に入ってからも、あっちを指さし「おー。おー。」こっちを指さし「おー。おー。」と言いまくる。
それで、夫が大工さんの作業が見える位置で、私は草取りをすることにした。
部屋に戻ってからも、フローリングの床の黒い点のような所を指さす。トイレに入れば桟を指さす。シャワー浴をすれば目地を指さす。そして「おー。おー。」と言う。今日は特別気になったみたい。
「明日、デイケアに行っているうちにきれいにしておくからね」と言いながら、もう勘弁してと言いたい気分だった。
「きれい好きなのは知っているけれど、私も自由ではないのだから、片目を瞑って見てちょうだいね。お願いだから・・・」と言ってしまった。