えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

お昼寝中に

夫の睡眠時間は乳児並み。

朝遅くまで寝ていても、お昼寝はしっかりするし、夜も早く寝てしまう。

倒れる前は夜が遅くても、朝は早く、しかも母の介護で夜中も2回ぐらい起きていた。一度起きてしまうともう眠れなくなると言い、そのままラジオを聞いて起きていた。だから、平均睡眠時間は4時間ぐらいだったのかもしれない。それが今はその時を奪い返そうとしているかのごとくびっくりするぐらい寝ている。

まあ、内服薬の影響もあるとは思うけれど。

 

例えば一昨日、近場の神社に初詣に行き、その足で岡崎まで出かけたので、車の中でウトウトしたものの、お昼寝をしなかった。

そうしたら、家に戻った時にはもう目がとろんとろんでとろけそう。急いで夕食にし、内服と洗面を済ませたら、夕方の6時にはベッドに入り、そのまま眠ってしまった。そして、夜中に2回ほどトイレに起きたけれど、翌朝7時30分ぐらいまで寝ていた。なんと、13時間半も。昨日はデイケアだったので、そのまま起きたけれど、いつもだったらそこでもう一度トイレを済ませるとまた寝て、放っておけば9時過ぎまで寝ている。

 

そして昨日。

デイケアではよっぽどでなければベッドでお昼寝をすることはない。もしベッドに横になったとしてもほんの少しの時間だけみたい。だから、帰って来るといつも疲れ切ったようすで就寝時間は早い。昨日も、7時頃にはベッドに入り、数分で眠りに落ちた。

そして、夜中に2回起きたけれど、今朝は9時頃まで起きなかった。

 

今日は今年初めての訪問リハビリの日。

11時20分から正午まで久しぶりにリハビリを受けた。検温を済ませ、ベッドに横になり、担当PTのYさんがストレッチを始めると、夫は9時頃まで寝ていたにもかかわらず、もう目を瞑ってウトウトし始めてしまった。

「眠いですか?」と声を掛けられ、私が「寝てちゃあだめだよ」と言うと、目は開けたもののストレッチの間中は眠そうだった。

そして、リハビリが終わり昼食を食べると、もう倒れるようにベッドに入りお昼寝に突入した。

 

さあ、ここから目覚めるまでは私の時間だ。

夫はいつも2~3時間ぐらいお昼寝をする。だけど、昨年はどうしても用事がある時以外は外に出ることはなかった。小さい方は済ませてからベッドに入るけれど、お通じがない時には「大きい方が出たくなって起きるかも・・・」とか「電話が鳴ったら・・・」とか「誰かが来たら・・・」と思うと、心配で出られなかったのだ。

だから、夕食の下ごしらえをしたり、テレビや録画番組を観たり、新聞や本を読んだりしながら過ごしていた。

だけど、それだと体を動かさない。しかも、寒くなってからは殆ど散歩にも行っていない。だからか、最近は膝の調子がすごく悪いのだ。

以前、書いたことがあるが、夫の携帯電話は未だ解約していない。話すことはできないけれど、短縮ダイヤル機能を使い、私に電話をかけられるようにしたいとの思いからだが。

それができるようになれば、離れにいても、少しぐらいの外出もできるようになると思うけれど、それがとても難しいのだ。何度か練習してみるけれど、確実にできるところまではいかないでいる。

高次脳機能障害というやつはホントに憎い奴だ。ダイヤルを長押しすることさえ覚えさせられないのだから。

 

だけど、今日は家の周りを30分ぐらい散歩してみることにした。一応、ベッドの枕元には夫の携帯電話とコールボタンが置いてあるし。「数分で戻れる距離を歩くだけでもいいか・・・」と思いながら、コートのポケットに携帯電話とカメラを入れて出かけてみた。

まずは朝倉川べりまで行き、川沿いを歩いた。そして、家に戻り庭から夫の気配を伺った。それだと10分程度だった。次は反対側方面へ同じぐらいの時間を歩き、家に戻り、また庭から夫の気配を伺った。そして、また違う道を歩いてみた。それで、30分間の散歩ができた。まだ大丈夫だと思ったけれど、やっぱり心配が先に立って行くのはやめてしまった。

カメラを持って行ったけれど、川沿いは枯草ばかり。だけど、枯れススキや、写真は撮れなかったけれど、シジュウカラや小鳥の鳴き声を楽しむことができた。

 

携帯の歩数計を見ると3000歩強。ホントは1万歩ぐらい歩きたいけれど、今日のところはこれでも満足な数字だ。

今年は、絶対に短縮ダイヤルで電話ができるように夫を特訓しなくては。私のために・・・

 

我家の裏口に咲いていた水仙。この水仙は私の大好きな花なのだ。

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