えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

涙腺が緩くなってしまったようで

たびたび横浜行のこと。

3月末に行く予定とし、2月の末にはホテルも新幹線の切符も手配した。

それが先週の中頃、事情で日にちを変更することになった。

 

新幹線の方は時間を早めるか遅らせるか、だめならこだまにすればどこかでは乗ることができるだろうと思ったけれど、ホテルの方は平日とはいえ車いす対応の部屋なので、ちょっと心配だった。

だけど、幸いどちらも同じ条件で変更することができた。

 

それで、今日は夫がデイケアに行っている間に、駅まで変更した新幹線の切符を受け取りに行った。

 

用事が済んで帰ろうとしたその時、年の頃なら80歳前後と思われる女性が、同じ年恰好の女性が乗った車いすを押して私の前を通り過ぎ、エレベーターに向かって行った。

新幹線の改札口から出て来たわけではないけれど、駅に中なのでたぶん電車に乗ってきたのだろうと思われた。

私はエスカレーターに乗る予定を変更し、同じエレベーターに向かった。

そして、自分でも驚いてしまったけれど、私はその方に話しかけていた。

突然話しかけることを詫びた上で「電車に乗ってみえたのですか」と聞いた。そして、自分も近々、車いすの者と電車に乗ることを話した。

その方たちはにっこりとほほ笑み、渥美線に乗ってきたことや車いすで電車に乗る時の方法などを同じ方向に歩きながら教えて下さった。そして、別れ際「大丈夫ですよ。どこでも駅員さんが親切に手伝ってくれるから・・・」と言われた。その後、お互いに「お気をつけて」と 声をかけあい、別れた。

「ご姉妹の介護をしているのだろうか・・・」と思いながら、私は二人の後姿を見送ると、何だか目頭が熱くなってしまった。

 

夫が倒れてから、私たちが公共交通機関を利用するのは今回が2回目だ。

前回は東京までで新幹線だけだった。

今回は在来線にも、私鉄にも、私バスにも乗車予定だ。

介護タクシーとも考えたけれど、基本予約制であること、金額がかなり違うこと、そして、何より夫を公共交通機関に乗せて刺激を与えたいと思ったのだ。それに自分自身も行動できるという自信が欲しかったのだと思う。

もちろん、迷惑は最小限になるよう、ラッシュの時間を避けての挑戦なのだけれど。

 

新幹線も介護タクシーも予約なのだ。

だから、私鉄や私バスはどうなのか心配だった。

ま、乗れるかどうかということ自体、心配だったのだけれど。

それで今日、駅から帰ってから、どちらにも電話で確認してみた。

どちらも対応はすごく良かったので名前を出してしまうと、

JRの在来線から東急電鉄に乗り、東急バスに乗る予定でいるのだ。

どちらも予約してなくても当日で大丈夫だと言うことだったけれど、ほんとうにうれしくなるような言葉をかけていただいた。

東急電鉄の方は最後に「お気をつけてお越しくださいね」とまで優しく言われると「ありがとうございます」と答えるのがやっとで、その声さえも詰まってしまいそうだった。

まあ、JRの窓口も対応は良かったけれど。

 

客商売だから当たり前なのかもしれない。

だけど、車いすだけでなくベビーカーでも邪魔くさいと言われることがあると聞く。

だから、こんな些細な言葉がけにもうれしくて、うれしくて、感情失禁してしまいそうだった。

年をとったこともあるだろうけれど、夫が車いすでの生活になってから、どうも涙腺が緩くなってしまったようだ。