えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

お礼状を描くのもリハビリのうち

30年にはならないけれど、それぐらい前に夫が仕事をさせていただいたお施主さんから、毎年盆暮れになると宅急便が届く。

 

夫がまだ元気で仕事をしていた頃にはいつも缶ビールを贈ってくださった。有難いことだけれど、頂きっぱなしというわけにもいかないからと、夫は恐縮しながらもいつも頭を悩ませていた。当時の私は夫の仕事上のお付き合いなので全て夫任せで知らん顔を決め込んでいた。

 

もちろん、夫が倒れた年の暮れにも届いた。その時、夫はまだ入院中で、私には心のゆとりがなく、夫が以前描いた絵手紙を使ってお礼状だけ出した。

年が明け、暮れにはお礼状を出しただけで何もしなかったのだけれど、盆前にはお中元が送られてきた。

その時、夫が脳出血で倒れたこと。6ヶ月間の入院生活のあと退院したけれど、右半身にマヒが残り車いす生活になったこと。幾つもの高次脳機能障害も残り、失語症で話すことができなくなったこと。廃業したこと。等などを、お礼状に書いて知らせた。はっきりとは書かなかったけれど、これで終わりにしてもらいたいと思いながら、この時も夫が以前描いた絵手紙を使って。

 

夫が倒れてから5回目の暮れが来た。

夫が倒れて廃業したことも知らせたのだけれど、未だにずっと盆暮れには宅急便が届くのだ。倒れたことを知らせてからはビールではなく、三ヶ日みかんに変えて。

 

夫は元気だった頃、何かを頂いた時にはいつも絵手紙を描いてはお礼状を送っていた。そういう時の電話が苦手だということもあるのだけれど、絵手紙を出すとものすごく喜んでいただけるものだから。

 

夫は去年ぐらいから少しづつハガキに絵が描けるようになってきた。とはいえ、右手は全く動かないし、高次脳機能障害の影響もあり、以前のようには描けない。それでも贈ってくださった人のことを考えて描こうという気にはなるようだ。

 

今年も先日、三ヶ日みかんが届いた。

で、「お礼状を出すから描いてくれる?」と言うと頷き、箱から葉っぱが付いたミカンを自分で選びだした。

そして、何枚か描いてくれた。 

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右下のハガキを使い、右サイドに夫が「アリガトウ」と書いて、宛名側に私が言葉を添えて投函した。

 

いつまでも贈ってくださることはホントに有難いことだと思う。だけど、もうお歳暮やお中元はやめてほしいと願っていた。倒れてからは特に。

だけど、贈ってくださらなければこうしてこうして絵を描く機会はないのだ。だから、そんな機会を与えてくださる と思えば、何のお返しもできないけれど、素直に有難いと感謝することができるようになった。夫にとってはこれもリハビリに繋がることなのだから・・・

だから感謝して、贈ってくださる内は遠慮なく頂くことにしようと思っている。