えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

墓参りと電話と諸々

昨日は父の誕生日だった。

とはいえ、父はもう17年も前に鬼籍の人となっている。

 

庭の小菊はだいぶくたびれてきているけれど、まだお墓のお花を作るぐらいは大丈夫だ。この小菊とシバを合わせてお花を作り、昨日は母の時と同じようにお墓参りに行き、お線香をあげながらひとしきり心の中で話をしてきた。

 

父が連れ合いである母を亡くしたのは56歳の時。今の私の年よりずっと若い。それから25年ほど一人で過ごした。そして、はじめのころは外で遊ぶこともあったけれど、年を重ねるにつれ私と過ごす時間が増えていった。とはいえ、我家と実家は車なら10分とかからない距離なので、泊って行くことはなかった。夫は私の親兄弟をとても大事にしてくれ、父のことも精いっぱいしてあげるようにと言ってくれていた。本当にありがたいことだと感謝しながら、その言葉に甘え、父との時間を最期まで大切に過ごさせてもらった。

 

父には嬉しいことはもちろんのこと、愚痴も聞いてもらった。愚痴と言ってもたわいのないものばかりで、父は黙って聞いた後、何かを言ってくれたのだと思う。覚えていることもあるけど、忘れてしまったこともある。でも、いつでも知らないうちに前向きな気持ちになっていたような気がする。だから、今でも何かあると父に聞いてもらいたいと思うことがある。

 

墓参りを済ませたその足で、本屋さんに行き、一人喫茶で一休み。そして、大型スーパーに寄り、近くの食品スーパーで買い物をして帰宅した。

 

家に戻ったのはもう14時近かった。

11時30分ごろ喫茶店でモーニング(食パン1枚、サラダとゆで卵とコーヒー2杯)を食べたので昼食はいらない。買ってきたものを冷蔵庫に入れたりして片付け、洗濯物を取り込み、たたんでタンスにしまい、おやつを食べて一服すればもう夕食の準備の時間になってしまう。「ふー」と、大きなため息をひとつ吐き、次の行動に移す。デイケアから帰宅した夫がすぐに夕食を食べられるようにと。

 

夫が帰宅し、夕食を食べていると電話が鳴った。

我家は迷惑電話防止のため常に留守電になっている。電話をくれる可能性のある親戚や友人、知人にはそのことを伝えてある。だからメッセージを入れてくれる人には電話に出られる状態であればその途中でも出ている。

 

昨日の電話は6歳の下の孫からだった。今年に入ってから、親から固定電話の使い方を教わったそうで、それから時々、思い出したように電話をしてくれるようになった。用事があるわけではないし、親からはいけないと言われることがあるようだけれど。

だけど、ばあばとしてはすごくうれしい。子どもたちなんて特別な用事でもない限り親に電話をくれること等ないのだから。

 

メッセージの発信音のあと「ばあちゃん。おばあちゃん・・・〇〇ですよ!」と声が聞こえた。昨日はちょっと疲れていたけれど、その声を聞いたら疲れは何処へやら、話しているうちに元気になってきた。ありがたいことだ。

孫は「おじいちゃんの声も聞きたい」というので夫の耳元にも受話器を当てた。夫は「あー」とか「うー」とかしか言えない。孫が「おじいちゃんはなんて言ったの?」と聞いたので「〇〇くんですか?って言ったんだよ。」と答えると、「ばあちゃんはおじいちゃんの言葉が分かるの?」と聞いてきた。「トイレに行きたい」とか「お腹がすいた」とか言うのはわかるよ。というと「さすが、おばあちゃん!」と言う。なんてかわいいのだろう。

他にも彼の愛犬のこと等など、他愛もないことをひとしきりはなし、電話を切った。

これだけのことで、私はすっかり元気になっていた。