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えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

後退したのはわたしのせい

今日は夫の訪問リハビリだった。

火曜日担当の理学療法士Yさんは仲間内では厳しい人だと言われているようだ。怖い顔というわけではなく、訓練が厳しいという意味で。かといって優しくないわけではない。

私はそんなYさんのリハビリがものすごく気に入っている。もちろん金曜日担当のOさんも、土曜日担当のSさんもいいには違いないけれど。

 

たぶん、Yさんが厳しいと思われる理由はできないことや間違ったことをいいわいいわにしないことだと思う。例えば歩行訓練の時、直進から左方向に曲がろうとすると、四点杖を前に出し、次に患側である右足を前に出す。そして健側の左足をきちんと上げて前に出し、少しづつ方向を変えていくのだけれど、夫は左足を上げずにつま先を軸にぐるっと向きを変えてしまうことがよくある。そんな時、Yさんは必ず立ち止まり、どうしてだめなのか、どうすればいいのかをエビデンスに基づいてきちんと説明し、それから次に進むのだ。普通は「ああ・・・」と思ってもそのまま進み、あとで説明する場合が多いのだけれど。それを夫がどこまで理解できているかは別にして、私にはとても参考になっている。これは一つの例だけど、他の行為に対しても然りなのだ。リハビリの終了時にも良かったところは褒め、悪かったところは再度エビデンスに基づききちんと説明し、最後は夫を励ましてから終了している。

 

それなのに、それなのに・・・

私ときたら、指導されたことを行うどころか、夫が自分でできることまで手伝ってしまうのだ。まあ、夫のほうも私に手伝ってほしいと促すような態度をするのだけれど。

 

甘えたい夫に甘やかしてしまうわたし。

看護の世界でも患者さんのできない部分を援助するのが基本。そして残存機能を伸ばすようにすることも。

それなのにそれなのに・・・

急性期病院の看護師はじっと待つことが苦手。というか待っていられない場合が多い。それに自分の性格が加味されて、暗黙のうちに手伝っているのだ。

甘えたい夫と待っていられないわたし。 

 

リハビリの時、夫は車いすに座った状態で理学療法士さんを迎える。そして、見ているところでベッドに移動し、仰臥位になる。

今日はその仰臥位になる動作と、仰臥位から座位になる動作がうまくできなかった。それは、このところすべて私が手伝っていたからなのかもしれない。

 

夫がベッドに横になる時は、お昼寝をする時と就寝時と夜中のトイレを済ませた後。起きる時は、お昼寝から目覚めた時と夜間のトイレの時と起床時。どんな時も夫一人にしてはおけない。安全のために見守りが必要なのだ。

 

起きる時はいずれもトイレに行きたくなって目覚める。リハビリの時には時間がかかっても一人で行うのだけれど、トイレに行きたくて目覚めた時はもたもたしていると間に合わなくて汚してしまう。汚してしまうと本人も辛いけれど、私もあとが大変だ。実際にそれで何度か失敗したことがあるものだから、ついつい手伝ってしまうのだ。

仰臥位になる動作は寒くなってから手伝うようになった。なぜかというと、夜中にトイレに起きた後は特に早く布団を掛けてあげたいし、私も少しでも早く布団にもぐりたいから。

 

他にもついつい手伝ってしまうことがある。

我家は夫の退院に合わせ、車いすでも生活できるようバリアフリーにした。しかし、各部屋と廊下の境目だけは0.5㎝程度の段差にせざるを得なかった。そんなわずかな段差でも車いすで足漕ぎをして超えるのは大変なようで、夫はかなり苦労している。そんな姿を見ると、私はついつい手が出てしまう。手伝わなければ腹筋や足の筋肉を鍛えることにつながると分かっているのに。

 そんな風だから、今までできていたことができなくなってしまうのだ。夫が後退してしまったのはきっと私のせいなのだ。

 

何のために訪問リハビリを受けているのだろう。少しでもできることを増やし、介助量を減らす。そして私たち二人のQOLを向上させたいと願っているのではないのか。それなのに自らが後退させるような行為をしているとは。

 

今朝はどんよりしたお天気で、午後から雨が降り出した。

その天気に合わせたように、私の気持ちもどんよりから雨に変わった。

そして、リハビリが終わってからというもの、甘えたい夫のことはともかくとして、過保護な自分を何とかしたいと思いながらも、どうしたものかとため息ばかりをついている。