えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

もう9月も下旬になってしまった。

いつの間にか9月も下旬になってしまった。何をやってるんだろうね。わたし。

今年の9月は気象観測を始めて以来ダントツ一番日照時間が短いのだそうだ。秋雨前線が停滞しての長雨。そして台風。我が家のあたりは大きな被害はなく、渇水で節水制限がなされていたのがダムが潤い、それが解除されたのだから良かったけれど、あちこちでは大きな被害が出て大変なことになっていて心が痛む。

 

以前にも書いたけれど、私は低気圧が近づくと、鉛を背負わされたように身体が重くなり動けなくなってしまう。とはいえ、最低限の家事と夫の介護だけは何があってもやらなければならないと、力を振り絞ってやるのだけれど、それ以外のことには全て目を瞑り、夫の介護ベッドで1日ダラダラと過ごす日々が続いていた。

 

それでも次々にいろんなことがあった。7月には夫の介護認定調査があり、介助量自体は変わらないというか、年齢を重ねるたびに増えている気がするけれど、要介護4から3になった。介護度だけを考えれば良くなったと言うことだけれど、実際には違う。利用できるサービスは3になっても減らすことなく使えるから良いようなものだけれど、他の補助はなくなってしまった。まあ、それだって何とかなるのだから不服申し立てをすることもなく受け入れるしかない。

 

8月はお盆休みに次男が帰省予定だった。だけど、台風が東海、関東に直撃予報だったので結局帰省は諦めた。

で、このシルバーウィークに帰省を延ばしたところがまたもや台風25号。でも、1日帰省する日を延ばし、何とか昨日遅くに帰ってきた。

話したいことや教えてもらいたいことは山ほどあった。だけど、ゆったり、のんびり、と過ごしている彼を見ていると、身も心もしっかり休めてもらいたいと思い、私の煩わしいことなど話すのがためらわれてしまう。あとで自分で調べてすれば良いことばかりなのだから。

まあ、金曜日まではこちらにいるそうだからそのうち機会を見つけて教えてもらおうと思う。

まだまだ書きたいことも山ほどだけど、やることもいっぱい。次はいつ書けるか分からないけど、書いておきたいことはとりあえず、心の中にしまっておこう。

6月からのわたし

私の住む東海地方はまだ梅雨明けの発表はないけれど、もう10日ほど前からクマゼミが鳴き始め、梅雨は明けたかのようなお天気だ。

 

いつの頃からから、梅雨や台風の時期に低気圧が近づいてくると体調が悪くなる。いわゆる気象病というやつだ。と、思う。自律神経が乱れ、人によって違うけれどさまざまな症状がでるらしい。

 

自分の体調の変化が天候の影響だとはっきり自覚するようになったのは多分50代の頃。今思えば30代の頃から始まったような気がしている。若い頃の症状は主に頭痛。最近では鉛でも乗せられたかのように身体が重くなり動けない。座っているのも辛く、午前中はまだ良いけれど、昼食を食べるともうだめ。夫のトイレ介助等の最低限のことはするけれど、あとは何もせず、夫の介護ベッドでゴロゴロしている。そのまま寝てしまうこともある。15時30分頃になると力を振り絞って夕食の準備をし、夕食を食べ、片付けはするけれど、そのあとも最低限の夫の介助をするだけでやっぱりベッドでゴロゴロの生活だ。とはいえ、夫がデイサービスの日に友人から誘われれば普通に動けるのだから半分は横着病が入っているのかもしれない。

 

高気圧に覆われ、カランカランに晴れた日には身体は軽いし、ベッドでゴロゴロすることもない。先週の木曜日には病院で採血結果を聞いたけれど、全て正常範囲内で血圧も問題なし。体重の増減もなく、昨年9月から内服していた1種類の薬も中止になった。だから他に悪いところは何もない。

 

今朝は雨が降ったけれど、すぐにお天気は回復。だからか身体は軽く、午後からも元気でゴロゴロすることもなく、夫の散髪、洗髪、爪切りもできた。恐るべき低気圧。有り難い高気圧だ。

 

このところの私は、最低限の家事と夫の介助をするだけ。といっても、2回ばかり友人とお茶しておしゃべりを楽しんだ。内科と眼科を受診し、美容院にも行った。あとはダラダラと過ごすといった生活で、作りかけのものもそのまんま。怠惰な生活を送っている。

書きたいことややりたいことは頭の中にはいっぱいあっても、気象病+横着病に年齢的な気力のなさも加わり、PCすら立ち上げない日もあった。

もうすぐ梅雨が明ける。そうしたら暑くてたまらな日々が続くだろう。だけど、高気圧に覆われれば今のような身体が重く、座っているのも辛いということはなくなると思う。横着病は治らないかもしれないし、年齢的なものは酷くなるばかりかもしれないけれど。

 

よんばばさん、気にかけて下さってありがとうございます。

最近の私は天気がからっと晴れれば元気そのもの。低気圧が近づいてくればダラダラと過ごす。といった生活です。からだの動きは悪いけれど、読書はできているし、大丈夫です。それと、友人のことは日にち薬ですよね。まだこたえてはいるけれど大丈夫です。いつも夫と思い出しては忍んでいます。

かなりこたえている

夫は2010年9月に脳出血を発症し、右半身に麻痺が残り車椅子の生活になった。その上、失語症他、いくつもの高次脳機能障害も残り、身体障害1級、要介護4という状態だ。

あれから16年。退院当初は必死で生活していたけれど、徐々に落ち着き、今はそれなりに楽しく、穏やかな日常を送っている。今振り返ってみると、あっという間だったような気がしている。

 

夫の失語症は言葉は話せないけれど、書いてあることや私が話すことは100%ではないけれどかなり理解はできるという運動性の失語症といわれるものだ。「あ」とか「お」とか、単音の発声はできるけれど。

そんな状態になってしまったにもかかわらず、変わりなく夫に会いに来てくれる友人や先輩が4人はいた。

「いた」と過去形なのは去年の11月に一人が亡くなり、今年のはじめにもう一人が亡くなり、今月15日にまたお一人亡くなってしまったからだ。

 

15日に亡くなられた友人は夫の小、中の同級生であり、私とも中学の同窓生でもある。勉強も運動も良くできる人で、絵もとても上手だった。

もう4、5年前になるだろうか、夫が絵を描けるようになったと知ると「どんどん描いて俺にラインで送ってくれ。そうしたら俺も描いておまえに送るから」と言ってくれた。

夫は電話もかけられないし、もちろんラインなどできないから私を介してなのだけれど。

それから毎週、ラインでの絵の交換が始まった。夫は平日はデイサービスや訪問リハビリと忙しいので週末にはがきに絵を描き、日曜日の朝、私が送るようになった。そして、彼からは日曜日の夕方返信が来るようになった。

もちろん、1ヶ月に1度ぐらいの訪問は変わりなく。

今月も9日に来てくれたばかりだった。いつものように10時前に来て、彼の好きなコーヒーを淹れ、3人で昼までおしゃべりを楽しんだばかりだった。そして昨日、いつものように夫のはがき絵をラインで送ったところ直ぐに既読になったので夕方の返信を二人で楽しみにしていた。

ところがその直ぐ後、彼の奥さんからの電話で、彼が亡くなったと知らされたのだ。

あまりのショックで言葉が出なかった。

 

彼は8年ほど前、大腸がんが見つかり手術を受けた。その後は元々の糖尿病はあるものの大腸がんに関しては順調に経過していた。

それが昨年の11月末頃、心不全と慢性の白血病という診断を受け、肉体的にも精神的にもつらい時期があった。それでも、絵が描けないときは数回あったものの毎週のライン交換は続いていたし、この間来てくれたときにも変わりなく、会話を楽しんだ。

彼の奥さんの話によると、亡くなった当日も彼の希望で夫婦でホームセンターに買い物に出かけ、帰りに食品スーパーで好きなものを買い、「夕食は俺が作ってやる」と言ったそうだ。そして、二人で昼食を食べ、午後からはいつも通り自分の部屋で好きなことをしていたらしい。そして、夕食の時間になっても2階の自室から降りてこないので見に行ったところ倒れていたという。救急車を依頼し、かかりつけの総合病院に運ばれたけれど、もうだめだったそうだ。1時頃から18時頃のあいだに倒れたようだがいつだったのかは誰もわからない。まあ、たぶん、苦しむこともなく逝けたのだと思うし、そう思いたい。

でも、私は今、すごく、すごく、かなりこたえている。

公園のさくらと今日のこと

名古屋気象台でさくらの開花が発表されたのが3月17日。例年、その日か翌日あるいは翌々日には我が家の前の公園でもさくらが咲き始める。ところが今年はなかなか開花せず、1週間後の24日にやっと1.2輪咲いているのを発見した。

 

これは27日金曜日に撮った写真。

たくさん咲いているようにみえるけれど、全体を見るとまだ3分咲きに満たないぐらい。

 

これは今朝我が家の窓から撮ったもの。

かなり咲いているけど、公園の前から全体を眺めると5分から7分咲きってところだろうか。

 

昨日は前日の夜中から雨が降り出し、1日中雨だった。しかも時折激しく降る本格的な雨。今朝は晴れていたけど、昼頃からは雨予報だ。

 

夫がデイサービスに出かけると直ぐに草取りを始めた。ところがみるみる雲が広がり、10時前にはパラパラと降り始めた。

私の住んでいるところではこの間ダムの水が0%になり節水が呼びかけられている。昨日は本格的な雨が降ったとは言え、ニュースによると5%になったところらしい。本当は夫がデイサービスに出かける日には降って欲しくない。けれど、この水不足を思えば災害が出ない程度にたくさん降ってもらいたい。とも思う。

 

今日の用事は、昨日訪問診療で処方してもらった夫の内服薬を調剤薬局に取りに行くこと。市民館に本を返却に行き、新しい本を借りてくること。食品スーパーへ買い物に行くこと。まだパラパラのうちに行ってこなくっちゃ、と思いながらドリップコーヒーを淹れてのんびりとPCに向かっている。

しばし憩いのひととき

毎日、バタバタと忙しく暮らしているうち2月に逃げられ、3月になってしまった。

 

昨日は市役所へ書類を提出する必要があり行ってきた。郵送はダメ、支所での提出もダメ、本庁でのみ受け付けとなっている。介護関係の書類(要介護4以上の家族を自宅で介護している人への支援の書類)なのでケアマネさんに依頼することは可能なのだけれど、我が家に郵送されてきた書類をただでさえ忙しいケアマネさんに依頼するのは申し訳なくて頼めない。我が家は市役所からすごく遠いわけではないし、自分で行けないわけでもないのだから。だけど、毎年思う。要介護4あるいは5の家族を自宅で介護している人への支援なのになぜ郵送がダメなんだろう。せめて、支所でも受け付けてくれたら良いのに、私を含め、みんな自由がきかない生活をしているのだからと。

 

本庁までの道程は慣れているのだけれど、駐車スペースがとても狭いので最近は自転車で出かけるようにしている。でも昨日は風が強くてしかも冷たかった。それでふらついてもいけないと思い、車で出かけた。

 

市役所に着くと、最近は用足しの前に一階にある喫茶コーナーに寄り、コーヒーを飲むことが多い。喫茶コーナーにはテーブル席もあるけれど、私はいつもカウンター席に座る。ちょっと椅子が高くて座りにくいけれどそこから眺める公園の景色が好きだから。

コーヒーを飲みながらボーッとこんな景色を眺めていると自然と心が落ち着いてくる。

まぁ、良いか。私を支援してくれるためのこと、それに、ここに来たからこんな時間が過ごせるんだから。文句を言ったらバチが当たりそうだ。

こうして1月が終わった

今日は1月31日土曜日。

毎年というか、毎月、月末になるといつも思う。「もう1ヶ月過ぎてしまった」と。

この間、年が明けたと思ったばかりなのに本当に1ヶ月なんてあっという間だ。

 

年末に帰省した子どもたちが年明け早々にそれぞれの家に帰り、我が家は山のような片付けが残った。楽しかった日々を思い出しながらゆっくり片付ければ良しということで、片付けの目標を1月末までとし、ゆっくりゆっくり片付けをした。

 

動かした物はすぐに元に戻したけれど、5人分の寝具はそれなりに時間がかかった。敷・掛布団のシーツを剥がし、布団はお天気を見ながらお日さまに干し、シーツは洗濯してまた布団に掛けて押し入れにしまう。冬場なので毛布もふかふかの敷パットも5人分。大物はコインランドリーで洗濯・乾燥してしまう。

それぞれが泊まる部屋の敷物も洗濯。2組のコタツも布団カバーを剥がして洗濯してまた掛ける。コタツ布団は干してしまう。

頑張った甲斐があって、何とか少し前には全て終了した。

 

他にやったことはクチュリエの刺し子のフリークロスを刺したこと。

これは長男のパートナーが買ったけれど、とても刺す気にならないからと私にくれたもの。クチュリエの教材の一目刺しとくぐり刺し。教材なので一目刺しの説明はすごく丁寧だったけれど、くぐり刺しの方は写真を見てということだったので少々手間取った。まぁ、何とか完成させることができたので良かったけれど。

 

もう一つ。

小学生の時以来の棒針編み(初めての輪針)でネックウォーマーを編んでみた。

今は同じ毛糸で帽子を編み始めたところ。

編み物を最後にやったのは長男が生まれた少し後。出産祝いに毛糸を頂いたので(当時は毛糸をお祝いに選ぶことは珍しいことではなかった)かぎ針編みで長男のカーディガンを編んだ。

手編みは習ったわけではなく、子どもの頃に母から少しだけ教えてもらった程度。最近は編み物ブームとやらで情報はいっぱいだけど、やってみたいと思いながらも私にはなかなかハードルが高かった。

今年は上の孫娘が帰省中にモヘヤでネックウォーマーを編んでいたので触発されて始められたというわけだ。だけどなかなか思うようには編めないでいる。当然のことだけれど。それでも、今年は小物を編んでみて、来年はベストが編めたら良いな、次はセーターを、その次はカーディンが編みたいな・・・等々。思いは次から次へと沸いてくる。本当に編めるようになったら良いんだけれど。

 

こんなふうに私の1月は終わった。

 

そうそう、高校時代からの友人ともお茶しておしゃべりを楽しんだのだった。

大先輩とも会って編み物談義に花を咲かせた。彼女は手仕事は何でもできて、その中でも編み物が一番好きな人だから。

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。


 

今年も変わりなく、今の生活を維持できるように元気に笑顔で暮らしていけたらと願っています。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。