えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

もう12月になってしまった

前回書いてからあっという間に2週間も経ってしまった。

そして、今日はもう12月だ。

月日の経つのは本当に早い。

 

私は毎日代わり映えがない日々を送っている。

とはいえ、2週間の間には友人のご主人が亡くなられたり、姪が女の子を出産したという嬉しい連絡が入ったり、その母親である義弟の連れ合いが抗がん剤治療を受け、体調が思わしくないという辛くなるような話を聞いたりと、いろんなことがあった。

義弟の連れ合いは私より一回りも年下だ。姪は私が勤めていた病院の薬剤師として働いているので実家に近いアパートで暮らしている。近くだけれど、初の子でもあるし、里帰りをしている。そんな娘や孫にやってあげたいこともあるだろうに、できないでいることを思うとなんだか胸が痛むけれど、かわいい孫が生まれたことが彼女の元気につながればいいと願っている。

 

私は夫がデイケアに出かけるとこのところ庭仕事と片づけばかりをしている。どちらもやってもやっても限りがないけれど、いろいろなことを考えながらやっているとあっという間に時間が過ぎてしまう。

昨日も今日も夫の古い書類をシュレッダーにかけ、庭の小菊を片付けて、明日の燃やすごみは45ℓのごみ袋に4袋にもなった。

他にもやりたいことはたくさんあるのにこんなことばかりしていてもう12月になってしまったと焦ってしまうけれど、きっとこれからもこんな日が続くのだと思う。限りがないことだし、きっと庭仕事も片づけも好きなのだと思う。

3回目のショートステイへ

夫は今朝、ショートステイに出かけた。

月に1回、夫の負担が少ないようにと水・木のデイケアの日を選んで1泊2日のショートステイに行くようになって3回目だ。

 

今日は買い物に行かなくても大丈夫なので、敷地内から出ることもなく、片づけばかりをしていた。と言っても、使いやすくしようと離れの2階から家具を移動し、物を出したりしまったり、そうこうしているうちに昼になり、結局、まだきれいにならないうちに夕方になってしまった。

気が付いたら、朝、夫を迎えに来てくださった施設の職員さんと一言二言言葉を交わしただけで誰とも話していないことに気づいた。

そして、もう夕食も済ませ、あとはお風呂に入って寝るだけだ。

 

今日は片づけをしたけれど、夫がいないとどういうわけか、何かをやる気にもならないし、どこかに行く気にもならない。テレビや撮りためた録画番組さえも見たいとは思わない。

これからも月に1度、ショートステイに行くように計画はしているのだけれど、正直どうでもよくなってしまった。

私に何かあった時、夫や子どもたちが少しでも困らないようにと思ってのことだったのだけれど。

デイケアが再開した

夫が通うデイケアの利用者からコロナの感染者が出てデイケアがお休みになったのが今月10日のこと。お休みになるという連絡が入ったのは7日の金曜日。その時点では「念のためにお休みにします」ということだったのだけれど、11日の火曜日に再開したところ(夫は行く日ではなかった)次々に感染者が出たようで、週末まで、18日の火曜日までと、再開が何度か伸びていた。そして、19日の水曜日からは完全に再開となった。

ただ、夫は19日、20日は2回目のショートステイが申し込んであったので実際にデイケアに行くようになったのは24日の月曜日からだった。

デイケアがお休み中は施設の職員さんからほぼ毎日体調確認の電話が入り、職員さんたちの大変さや頑張りが手に取るように伝わってきた。おかげでその後は感染者が出ることはなく、無事に通うことができている。

 

我家は夫と二人暮らしだ。夫のデイケアがお休みになると、夫の介護に凄く手がかかるわけではないけれど、ほとんどの生活行動に介助が必要なのでちょっときつかった。私など、夫のトイレさえ済ませれば近くのスーパーぐらいは行けるのだからまだいい方なのだと思うけれど。

 

お休みの間にショートステイには行ったけれど、その時は母の命日でお墓参りに行ったり、3か月ぶりに友人からコーヒーのお誘いがあったり、予約を伸ばしてもらった美容院に行ったり、リボン刺繍の先生の個展に行ったりして、ふ~と、息を吐く間もないぐらい忙しかった。

デイケアに行き始めた今週も、郵便局や銀行など等、溜まっていた用事を済ませたり、今日の530運動に参加できないといけないからと外回りの草取りや側溝の掃除をしたりしてとにかく忙しかった。まあ、体がというより気持ちが忙しかっただけかもしれないけれど。

明日は、夫がデイケアに出かけたら、30日の義父の命日にお墓参りに行けなかったのでお墓参りに行くこと。来週末にシルバーさんが生け垣の刈り込みや庭木の剪定に来てくれることになっているので生け垣の前に蔓延っている草花の整理をすること。行けたら本屋さんにも行きたいし・・・

週に3回とはいえ、夫のことを気にせずにこんなにいろいろできるなんて、介護施設の存在のなんとありがたいことか。お休みになってそのありがたさを改めて実感している。

デイケアがお休みになると困ってしまうけれど

先週の金曜日、夫が通うデイケアから電話があった。

利用者さんからコロナの陽性者が出たため念のため10日の月曜日は休業しますとのことだった。

 

9月26日からコロナ陽性者の全数届け出の見直しが全国一斉に適用されたので、最近では感染者の動向がよくわからなくなっていた。別に私がわからなくてもいいのだけれど。それでもまだまだ感染者が多くいることだけは想像できた。

 

我家では食材の買い出しや、ドラッグストアでの買い物(夫の介護用品など等)は夫がデイケアの日の月・水・木曜日に行くようにしている。

 

デイケアから電話があったのは金曜日だ。木曜日に月曜日の朝までの買い物は済ませてあるけれど、月曜日に買い物に行けないとなると水曜日の朝までなんとか持たせたい。どうしても必要なものがあれば夫のトイレを済ませた後ならば一番近いスーパーぐらいなら行くことができるけれど。

 

今日の夕食まで冷蔵庫の中身を見ながら工夫してなんとか賄った。残っているのは玉ねぎ1個、人参1本、キャベツ半分、豚肉は100gもない。冷凍庫には鳥のもも肉があと2枚あるけれど、冷蔵庫の中はほぼ空っぽだ。それでも何とか作ろうと思えばまだ作れないことはないけれど、買い物に行きたい。明日になれば、明日になれば・・・と思いながら質素な食事で何とか乗り越えた。

 

今日の昼頃、デイケアから電話が入り、一応開始するけれど、入浴は中止、理学療法士さんのリハビリは行うけれど、機械によるリハビリは中止しますとのことだった。

デイケアに行く目的の一つは入浴だけれど、仕方がない。明朝はいつもより少し早く起きて体拭きして送り出そう。洗髪は今日のうちにやってあげよう。それでもデイケアに行っている間に買い物に行ければありがたい。

そう思い、洗髪を済ませ、夕食の準備をしていると、再度、デイケアから電話が入った。

結局、職員なのか利用者なのかは分からないけれど、コロナの感染者が増えたので今週いっぱいは休業しますとのことだった。

仕方がないので「わかりました」と返事したものの、ふー。と、大きなため息が出てしまった。

仕方ない。仕方ない。仕方ない・・・。夫だって感染したらもっと困るのだから。

買い物は何とかするしかないし、何とかなる。だけど、10日間はちょっときついなあ。

過ぎてしまえばきっとあっという間のことだったと思えるだろうけれど、正直今はきつい。

あとちょっと、頑張れ、頑張れ、頑張れ・・・と自分に一生懸命エールを送っている。

初めてのショートステイ

夫が脳出血で倒れ先月末で12年が過ぎた。

半年間の入院生活を経て自宅介護が始まったのが2011年の4月初め。何度か書いているけれど、退院後半年間は訪問リハビリと訪問入浴だけを利用し、デイケアやデイサービスを利用することはなかった。

それだけだと夫を一人にして置けないので買い物と美容院に困った。当時は1時間以上お昼寝をしていたのでその間に一番近いスーパーに行き、美容院は1度だけカットしてもらった。

それで義姉と義弟が「デイケアに行ってリハビリをしてもらおう」と夫を説得し、訪問入浴をやめ、週に2回デイケアに通うようになっった。(何年かして週3回にし、現在に至る)

 

夫が倒れる前、夫の母と同居していた。

義母は90歳になったころから介護が必要になったけれど、介護は自営業だった夫がほとんど行い、デイサービスに行くことはなかった。

そこまでデイサービスを利用しなかったのは本人も行きたがらなかったし、夫も夫の兄弟たちも家で過ごさせたいという思いが強かったから。どうしても夫が仕事でできないときには義姉に頼んだり、私が手伝ったりしていたので在宅でも困ることがなかったのだ。

だけど、夫の仕事がかなり忙しくなったため、倒れる1か月前からデイサービスに行くようになった。そして、夫は義母が92歳の誕生日の翌日に倒れた。行き始めたらすぐに夫が倒れてしまったのだ。

 

当時私はまだ仕事をしていた。仕方なく、義母は老健を探すことにし、ショートステイを使いながら私と義姉で介護を担った。

 

義母は我慢強い人で愚痴も言わなければ人の悪口も言わない人だった。夫には怒ることはあっても私に怒ったことは一度もない。

その義母がショートステイで心無い言葉を浴びせられた。

義母は仕方がないと言いながら、言われた言葉を淡々と私に話した。気の毒で、かわいそうで、涙が溢れたけれど、私はショートにもケアマネにも抗議することができなかった。他にも夜間の排泄で辛い思いをさせてしまった。

 

そんなことがトラウマになり、夫にショートステイを使わせようとは思わなかった。

夫は言葉が話せないから、義母のように私にさえも話すことができないし、当然自分で抗議することもできない。障害者施設での虐待報道を見聞きすれば猶更のことだった。

夜間の排泄も家ならば私の介助で汚すことはないのだけれど、ショートステイを利用すれば夫のような状態では当然のようにおむつになり、時間での交換になる。

 

しかし、私に何かあった時、例えば転んで骨折をして入院が必要だとか、心筋梗塞脳梗塞などなど、緊急事態が起きたときに夫自身はもちろんだけど、子どもたちも困ることは目に見えている。ショートを利用していれば、超緊急時にはケアマネが当日は無理としても翌日からは何とかしてくれると思う。ショートステイは最大で30日までは連続で利用できる。子どもたちはその間に老健なり老人ホームを探すことができるだろう。そう簡単には探せないかもしれないけれど。ショートステイを一度も利用したことがなければもっと大変だろうことは想像できる。でも、前述の理由からどうしても嫌だった。

 

7月末から夫は発熱し、倒れて12年目にして初めて入院しなければならない事態になった。

急性期の総合病院だ。コロナ禍で面会は禁止。当然のごとくベッド上の生活を余儀なくされた。1日に1回、リハビリとして10分程度車いすに座ることがあっても残りの時間はベッド上。食事の時には座位になることがあってもベッド上。夜は当然のごとくおむつでの排泄だ。

そんなことがあり、ショートを利用したときに夜間の排泄がおむつになることに諦めがついた。1泊2日なら1晩だけの我慢だ。ショートを始めるなら入院生活を終えたばかりの今しかない。

そう思って夫に話してみた。夫は黙って私の話を聞き、ショートステイに行くことを受け入れてくれた。そして、夫の負担が少なくて済むように月に一度、水曜日に行き、木曜日に帰宅するよう(水・木はデイケアの日なので)にケアマネに依頼した。

 

そして9月21日、22日に初めてショートステイを利用した。翌23日は秋分の日で訪問リハビリは休みなので帰宅後、金・土・日と家でゆっくりと疲れが取れるようにと。

 

夫がショートステイに行けば私も休養ができる。帰宅時間を気にせずに出かけることだってできる。はずだった。

だけど、何だか落ち着かない。初めての環境で、初めての介護者たち。話せない夫は困っていないだろうか。話せない夫に介護者たちも困っていないだろうか。大丈夫だろうか、嫌だったんじゃないだろうか・・・と。

まるで子どもたちが始めて保育園に行った時のように。

 

そして、2日間が過ぎた。

帰宅時、険しい顔はしていなかったのでちょっと安心した。もう絶対に行きたくないという顔ではないと思ったけれど「どうだった。嫌じゃなかった?」と聞いてみた。

当然、言葉での返事はない。空を仰ぐようなしぐさをしたので今度は「嫌だった?」と聞いてみると首を縦に頷いた。

だけど、来月も行けるかと聞くとこれも頷いた。

 

後日、訪問リハビリの理学療法士(PT)さんが私と同じようにショートステイのことを聞いた。その時も同じ答えが返ってきたのだけれど「いやだけれど、奥さんのために行くの?」と聞くと、やっぱり頷いたのだ。

私は、私に何かあった時に夫自身が困らないように、子どもたちが困らないようにと思っていたのだけれど、夫はそれに加えて私のためでもあるとショートに行くことを受け入れたのだ。

命の限りがはっきりとわかっていて、私が先だったり介護ができなくなるのだったら事前にホームを探しておくし、夫が先で私が介護ができる状態ならば最後まで家で看取るのでショートステイを利用しなくてもデイケアだけで十分なのだけれど。悲しいかな命の限りは神のみぞ知る。

ということで、今月も1泊2日でショートステイに行く予定でいる。

突然の訪問者

先週土曜日のこと。

夕食の準備が終わり、さあ食べようかという時、玄関のチャイムが鳴った。

こんな夕方に誰だろうと出てみると、見知らぬ男性が立っていた。

その方は48年前に亡くなった夫の兄の名前を言い、ここはその人の家なのかと聞いた。そして、自分は義兄の大学時代の友人だと名乗り、自営業だった夫の看板を見てこの名前の人はどういう関係なのかと聞いた。

 

義兄の同級生だとすると、今年後期高齢者の仲間入りだ。

兄が亡くなった時、義父から電話をもらったけれどお参りには来ることができなかった。そして終活をしていたら手帖が出てきて、そこに自分が義兄から1万円を借りていたと書いてあったそうだ。だけど返した記憶がないと。だからと言って、それを返しに来たというわけではなさそうだった。もちろん、返したいと言われても亡くなった義兄が大学時代のことで私たちの知らない事でもある。だから受け取るつもりはないけれど。

その方は隣の県から来たと言い、もしも我家が不在だったならば郵便受けにメモのような手紙を入れて帰るつもりだったそうだ。だけど、在宅だったので嬉しかったと言い、できれば仏壇に線香をあげさせてほしいと言うのだ。そして2千円でも3千円でも供えたいと。それも嫌な言い方だけれど言葉だけのような気がした。

 

仏壇にお線香をあげるということは家に上がってもらうということ。兄の名前も大学名も亡くなった理由も知っていた。48年も前に亡くなった義兄のこととはいえ、私にとっても夫にとっても見ず知らずの人には違いない。本当に友人だったという保証だってない。今の時代、知らない人を家にあげるということに正直戸惑う。本当に戸惑ったけれど夫もいたことでもあるし、お参りさせてほしいと言われそれを断ることができなかった。仏間にお通しすると、少し涙ぐみながら手を合わせ、前述した借金のこと等をしばらく話して帰られた。

 

我家では親戚も夫の友人たちもみんな連絡なしで来ることの方が多い。どんなに突然でも「どうぞ、どうぞ」と上がっていただく。だけど、全く知らない人では訳が違う。住所がわかっていたのならばまずは手紙を出してくださればよかったのにと思う。そうすれば義兄のことがよくわかる義弟や義姉に声をかけることができたと思うし、いきなりではこちらが困るということは考えなかったのだろうか。いなければ置手紙に自分の電話番号を書いて後日電話をしてもらおうと思ったとも言われたけれど、それも自分サイドの都合ではないかと思ってしまう。電話代だってただではないのだから。

その方の心の断捨離には役に立ったのかもしれないと思いながらも嫌な自分の一面が心に重くのしかかり、しばらく気分がすぐれなかった。

 

その頃咲き始めた白い彼岸花。今まさに満開だ。

訪問診療に移行した

車の免許を取得して約50年になる。

50代のころから免許の返納時期について考えるようになり、何事もなければもうとっくに返納していたと思う。

だけど、夫が脳出血で倒れ、車いすの生活になったことでその計画は大きく変わり、未だに免許を返納せずにいる。

とはいえ、高齢者の事故のニュースを見聞きしているといくら不自由になるとしても近いうちには返納しなくてはと思う。

免許を返納して困るのは夫の受診と買い物ぐらい。

買い物は生協に加入していて宅配を頼んでいるし、一番近いスーパーまでなら歩いても10分ぐらいで行ける。夫が家にいる日は無理でもデイケアの日になら行くことができる。次に近いスーパーは宅配事業を検討しているようだし(3か所の支店ではもう開始している)多分困らないだろうと思っている。

夫の受診は総合病院の脳外科とデイケアに隣接している整形外科の2か所。現在は歯医者さんは行っていない。

初め、免許を返納したらタクシーでの受診を考えていた。金銭的には車の維持費と大きく変わらないと思うけれど、車いす対応のタクシーは予約が必要だし、行きは時間で予約すればいいけれど、帰りはかなり不自由になる。ましてや雨の日のことを考えると踏み切れないでいた。

何年か前、車なら10分もかからない医院で訪問診療を行っていることを知った。それ以来、免許を返納したら訪問診療を依頼しようと思っていた。

 

前々回、8月1日から8日まで夫が不明熱で入院し、退院後かなり筋力が低下していることに驚いたこと、免許は返納していないけれど訪問診療を依頼したこと、受け入れていただけたことを書いた。

依頼し、受けてもらえることにはなったものの、私自身の気持ちが何だか落ち着かなかった。

そして、初回の訪問日が先週の火曜日だった。

実際に来ていただくと、案ずるより何とかで、訪問の医師はこれ以上優しい人がいるだろうかと思うぐらい優しく、看護師さんも感じのいい方ですごく安心した。どのケアマネからも評価がいいのが頷けた。訪問診療に期待するのは何でも相談でき、安心して医療が受けられることだから。

 

急性期の総合病院には3か月に1度の受診で、受診日のお天気を1週間前から心配し、雨が降れば大変な思いで受診。しかも、長い待ち時間の上、3分どころか1分ぐらいの診察で終わっていた。それでも、特に問題はなかったし、筋力低下がなければ今まで通りそこに受診していたと思う。

これからは2週間に1度の訪問診療になる。お天気の心配はいらないし、皮膚科の領域も診ていただけるし、困ったことは何でも相談できそうだし、夜間や休日にも対応していただける。もちろん、すぐに訪問というわけではないと思うけれど、電話対応していただけるだけでも安心できる。まあ、滅多に夜間や休日に電話することはないと思うけれど。

 

もっと早く訪問診療に移行していれば・・・

今回のように発熱しても入院になるようなことはなかったかもしれない。(点滴も対応している)

入院することがなければこんなに筋力を低下させてしまうこともなかったと思う。

等など・・・

と、過ぎたことなので仕方がないと思いながらもついつい考えてしまう。

だけど、大事なのは今後のこと。

今後は訪問診療を受けながら、極力入院はさせないように頑張って、末永く家で暮らしたいものだと思っている。