えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

傘を失くしてしまった

先週の金曜日、夫の歯科受診に行くときにいつも使っている傘がないことに気が付いた。

前日の木曜日は梅雨の中休みで晴れていた。ということは、水曜日にどこかに忘れてきてしまったのだろうか。家計簿兼ダイアリーでその日の自分の行動を思い起こし、月曜日に忘れてしまったかもしれないと思われるところに電話をしたり、買い物ついでに直接問い合わせた。どこも親切に対応してくれたのだけれど残念ながらどこにもなかった。

それなら、先週の月曜日以前に失くしたのかもしれない。そう思って、今日は自分が行ったところを思い巡らせ、電話で問い合わせたり直接出向いて問い合わせた。だけど、やっぱりどこにもなかった。

あとは今日お休みの生協の店舗か手芸用品店しか思い当たるところはない。手芸用品店は雨の日に行った記憶はあるけれど、駐車場から傘を持たずに店舗に入ったような気がする。

 

失くした傘はピンクのジャンプ傘で、高級なものでも特別なものでもない。だけど雨の日にはいつも私といっしょだった。それに、壊れているわけでもなく、まだまだ十分に使えるものだ。それなのに、どこかに忘れてきてしまったと思うと残念でならない。

 

あと2か所だけ確認し、無ければ諦めるしかない。予備の傘はまだ何本かあるけれど、安物でもあのピンクの傘が良いのだ。

どこに忘れたのかを思い出せない自分が情けなく「どこかに忘れてきちゃってごめんなさいね」と傘を思いながら傘に謝っている。

雨の受診日

夫は3か月に1度歯科を受診をしている。

 

前回予約日の2日ほど前、受診日は大雨の予報だった。それで滅多に予約変更をしてもらうことはないのだけれど思い切って予約を変更してもらった。

それが今日だった。

 

変更前の予約日の予約時間のころ、結局、雨は降ってはいたものの大した降りではなく落ち着いていた。「これなら行けた。変更してもらわなければよかった」と思ったけれど、もう後の祭りだった。

 

今日も雨の予報だった。いくら雨だからと言って二度続けて変更してもらうわけにもいかず、週間天気予報を見聞きしながら毎日ため息を吐いていた。

 

予約時間は午後2時。天気予報では昼頃から雨が降り出すという。実際に昼頃から降り始めた。

我が家の車庫は屋根も囲いもあるし、歯科のある病院は車いすの人が濡れずに乗り降りできる屋根付きの車寄せもある。困るのは我家の玄関から車庫までのアプローチの部分だけだ。車いす用の雨がっぱだって持っている。それでも雨が降っているときの受診はそれだけで気持ちが疲れてしまう。それでもその時になれば頑張って出かけるのだけれど。

 

今日出かけるときの雨はまだ降り始めで大したことはなかった。

受診を終え病院を出るときには出かけるときよりも少しは降っていたけど大降りというほどではなかった。

無事に診察を終え、家に着くと、夫は疲れたのか車いすに座ったままうとうとしだし、私もどっと疲れ、夫のベッドに倒れこむように横になった。

 

来週は総合病院の脳外科受診もある。その日も雨の予報だ。今度は車寄せに屋根はあるにはあるけど狭いし、高い。帰りは多少濡れてもいいけれど、行くときは濡れたくない。梅雨だから仕方がないけれど今から憂鬱でならない。

ま、その時になれば頑張って何が何でも行くのだけれど。夫の病院受診は我家にとっては第一の優先事項なのだから。

久しぶりに友人が来てくれた

夫は脳出血で倒れ、失語症という後遺症が残り、会話ができなくなったにもかかわらず、変わらずに顔を見せてくれる友人が二人いる。

 

二人とも小学校の時からの友人で、それぞれが1、2か月に1度ぐらいの割合で遊びに来てくれていた。しかし、新型コロナウィルスの感染が報道されるようになってからは誰もが外出自粛生活だ。しかも、友人の一人は大腸がんの手術を受けて7年。がんの方は経過観察の身だけれど糖尿病でもある。もう一人の友人は心疾患を抱え、ペースメーカーを入れている。二人とも感染には人一倍注意が必要だ。それでなくても全員が高齢者だ。特別な用事がない限り人の家に遊びに行くなどということはできない状況が続いていた。

 

しばらく前に外出の自粛要請が解除され、県内外への移動自粛も解除された。私の住んでいる市では4月26日以降感染者は出ていない。それでもワクチンも治療薬もまだの現状ではやっぱり心配でならない。

とはいえ、私は少しづつ友人とも会うようになった。一人で喫茶店にも行った。

だけど、夫はもう何か月も友人と会っていない。それでも、そろそろ友人たちが訪ねてきてくれそうな予感はしていた。

 

今日

友人の一人が庭で採れたといってすももを箱いっぱい持ってきてくれた。

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見るからにおいしそうなすもも。

 

最後に会ったのはいつだったのだろう・・・

久しぶりに顔を見て、おしゃべりをして(夫は話せないけれど)、みんなで楽しい時を過ごした。話しながらみんなで笑い、2時間ぐらいがあっという間に過ぎた。

 

3密といえば3密の状態だったけれど 、部屋のドアは開けっ放しだったし、お互いの位置関係は真正面ではなく、夫と友人は斜めの位置関係。私とも斜めで2メートルは離れていたと思う。この間、テレビで見た飛沫の実験によると、たぶん直には被らない状態だったと思っている。

 

新型コロナウィルスは症状が出る2日前から感染の可能性があるという。楽しかっただけに「お互いに、もしものことがありませんように」と願いながら、今後2日間は夫と私自身の体調に変化がないことを願っている。

草が気になって

一雨降るごとに草が生え、みるみる成長している。

花の苗を植えれば草の生え方が違うことはわかっている。だけど、今は花を植えようとは思わない。花は大好きだけれど、何にもない庭も好きだから。というより、水をやったり、肥料をやったり、花に手をかけていられないからかもしれない。草を取ることを考えたらどちらのほうが・・・と思わないではないけれど。

草取りはできるときにやればいい。だけど、水やりはいつでもいいというわけではないということもある。言ってしまえば、朝の忙しい時間は夫のことだけで手いっぱいなのだ。

 

「草で死ぬことはない」とよくいわれる。それでも、これは性分なのかもしれないけれど、草が生えてくると気になって仕方がない。人それぞれ、好きなことも、やりたいことも違うし、気になることだって違うのだから。

私の場合、草が気になりだしたらそれがストレスになって精神衛生上非常によくない。それでも私が草取りできる時間は限られている。夫がデイケアの日に2時間が限度だ。それだと気にならないぐらいにまでにはなってもきれいになったというところまではいかない。だから、常に庭の草がストレスになっている。それならコンクリートで固めるという方法もある。だけど、それは夫が元気だったころ「地面も呼吸しているのだからだめだ」と言われている。実際、私自身も土がないのはさみしいと思っているのだからコンクリートで固める気はないのだけれど。

 

だから気になりだしたらせっせと草を取る。特に雨が降った翌日に夫がデイケアの日だったらよっぽどの用事がない限りまずは草を取る。

 

今年はコロナの影響で園芸店に行くこともなく、夏野菜を植えなかった。その分、草取りの範囲も増えてしまった。

 

一番広い畑部分のある北側の庭。今は私以外足を踏み入れない東側の庭。いつも家のなかから眺めている一番気になる南側。この間取ったばかりだというのに今度は違うところが気になるという繰り返し。

 

何日か前、夫が4時ごろトイレで目覚め、そのあとすぐに眠りに落ちた。いつもそれから2時間は起きることはない。デイケア以外の日には起こすことはしないのでもっと長く眠っていると思う。私はそれから眠れなくなり、しばらくは布団の中で目を瞑っていたけれど、意を決して5時ごろには起き、1時間ぐらい草を取った。

そして今日も。夫は5時ごろトイレで目覚め、そのあと再び眠りに落ちた。この間のように眠れなくなった私は起きてしまい、南側の庭の草を1時間ぐらい取った。

やっぱりきれいになったというところまではいかないけれど、南側の庭だから日中窓から庭を眺めていても気にならない程度にはなった。

だけど疲れた。

 

明日は夫がデイケアに行く日だ。夫が出かけたら今度は東側の庭を少しでも取ろうと思う。予定は未定だけれど「やるぞ‼」と、構えてないと横着したいタイプの私はきっとやめてしまいそうだから。

次から次へといろんなことがありすぎる

雨が降っていない日は離れにある洗濯機で洗濯をしている。

離れは以前アパートとして使っていたので外階段があり、その下に洗濯機が置いてある。

 

今日もお天気が良かったのでそちらの洗濯機を使って洗濯をした。

洗濯が終わり、中から洗濯物を取り出し「さあ干しに行こう」と何気なく上を見上げた。

すると、びっくり。外階段の踊り場の下あたりにスズメバチの巣があったのだ。昨日は全く気付かなかったし、最近スズメバチを見ることもなかった。

 

実は私、このブログを始める17日前(2012年8月)に庭木の剪定をしていてやぶ椿にスズメバチの巣があるのに気づかず、顔面というか眉間のあたりを2、3回刺されてしまったのだ。しかも脚立に乗った状態で、かなりの近距離から。その上、枝を片付けてからまた刺され、1日に2回も刺されてしまったというドジをしたのだ。

初めてだったのでショックを起こすこともなかったのだけれど、今度刺されたら命に係わる重大事になると、それ以来、剪定するときには気を付けている。

その巣はすぐにシルバー人材センターに電話して取り除いてもらった。結構大きな巣で中には蜂の子がたくさん入っていた。

 

PCの調子が悪かったときは「いくらかかるんだろう」とか「直らなかったらどうしよう」とか、いろんなことが心配でずるずると引き延ばしていたけれど、スズメバチの巣では考える余地はない。今度刺されたらアナフィラキシーショックを起こし死んでしまうかもしれないし、子どもたちが帰省していて刺されでもしたら大変なことになる。水道メーターも近くにあるので検針の人が刺されたら大ごとだ。そう思ったら、蜂を見ることはなかったけれどすぐにシルバー人材センターに電話をした。

 

シルバー人材センターの人は30分もしないうちに見に来てくれ、巣はすぐに取り除いてくれた。今回は前回と違い巣はまだ作っている途中なのか、マーブル模様もなく、そんなに大きくはなかった。でも、中には思ったよりたくさんの蜂の子がいたとシルバーさんも驚いていた。

 

PCの問題はほぼ解決したけれど 、チャドクガにムカデ、軒にはカマキリの大きな卵も見つかった。いろんなことが次から次へと起こり、お金も羽が生えたように飛んでいく。夫が元気だったころには夫の任せておくことができたけれど、今は自分で対処しなければ誰もやってはくれない。大変だ。

パソコンが壊れたかと思った

3月の終わり、パソコンのトラブルで修理に出した。そして、4月の初めに完了し、戻ってきた。

ハードディスクを交換したこともあり、あとがちょっと大変だったけれど、パソコンはサクサクと動くようになり一安心した。

 

それが1か月半ぐらいたったころから画面がフラシュするようになった。修理に出せばいいものを、自分ではわからないのに原因を調べたり、いったん電源を切って点けなおせばしばらくは使えるものだからそのまま使っていた。

だけど、フラッシュはだんだんひどくなり、パソコンを操作するのがストレスになってきた。そうはいっても使いたい。

昨日は点けたり強制的に消したりを繰り返していたせいか、ネットも使えなくなってしまった。仕方がないのでシャットダウンして寝てしまい、朝起きると再度ネットに接続してみるとつながった。だけど、画面がフラッシュするのは変わらなかった。

 

いよいよこのパソコンも壊れてしまったかと心配しながら、直るものなら直したいと思い、意を決し、重い腰を上げ、今日こそはとパソコンショップへ行ってきた。

 

症状を説明した後、店舗で電源を入れてみると、全くフラッシュすることもなく異常は見られなかった。ネットにつないでも何ともなく、おそらく自宅の環境のせいだろうと言われてしまった。我家のパソコン環境はフラッシュする前と何ら変わってないのだけれど。

 

その時、見てくれた方が「電源はタコ足ではないですか?」と聞いた。そして、「最近、タコ足でのトラブルで画面が消えてしまったとか、画面がおかしくなった」という客さんが増えていますよ」と言われた。

 

店頭で異常が見られなかったのでPCは持ち帰り、コンセントに直につないで試してみた。

すると、何と何と、フラッシュすることなく、サクサクと使えるではないか。

わたしのこの1か月半ぐらいのストレスは何だったんだろう・・・

 

コンセントを変えただけで今日は一度もフラッシュしていない。ということは、やっぱりこれが原因だったのだと思われる。

こんなことでよかったと言えばよかったのだけれど、30年もパソコンを使っているのに、パソコンの知識がこれほどまでにないというのは困ったものだ。

そう思っても、これから先もきっとよくわからないまま使うのだろうけれど。

日の目を見たレコード

何十年も前、働き始めて初めての夏のボーナスで念願のステレオを買った。

高校時代からのあこがれのステレオだ。買えるようになるまで5年ぐらいかかったことになる。 

当時はまだCDなどなく、レコードの時代だった。ステレオはキャビネットタイプで1畳近く場所を取るものだったので部屋が狭くなったけれどうれしくてうれしくて少しづつレコードを買った。

そして、それらは結婚するときにすべて持ってきた。

 

子どもたちが保育園だったころ、童謡や子ども向けテレビ番組で出していたレコードを何枚か購入し、擦り切れるほどに聴かせた。

だけど、長男が小学校に上がるすこし前、近くに住む両親の敷地内に引っ越すことになり、場所を取るステレオは処分することにした。(夫の実家にも夫が同時期に購入した同じタイプのステレオがあったということもあり)

 

当時はカセットが出始めたころで、ラジカセを買い、音楽はラジオから録音して聴くようになった。しばらくしてCDが出始めたので今度はCDを買ったり、レンタルしてCDからCDへ、あるいはCDからカセットテープに録音して聴くようになった。それで、場所を取る夫のステレオも処分してしまった。

だけど、レコード盤だけは聴くことができなくなったのに処分できずにしまっておいた。

 

あれから35年。その間に、何度もレコードプレーヤーを買おうかと悩んだ。だけど、その度に「いや待て」と考え直し、買わずにきた。

 

1週間ほど前、何を思ったのか、長男から「レコードプレーヤーを買おうと思っているんだけれど、昔のレコードはまだあるの?」と、メールが届いた。で、もちろんまだあること、どんなレコードがあるのかということ等など、詳しく書いて返信した。

 

数日後、今度は「プレーヤーが届いたからレコードを送ってくれる」と、2年生の下の孫から電話があった。それで直ぐに手持ちのレコードの中から息子たちが保育園のころ聴かせていた童謡やおかあさんといっしょのレコード、ひらけポンキッキのレコード、合唱のレコード、夫や私が若いころに聴いていたレコードを選び、15枚ぐらい 送った。

 

そして、着いた日の夜、息子から「すごく良かったよ」と興奮気味に感じられる言葉を添えてメールがあった。孫たちも大喜びしているらしいことに私もうれしくなった。

処分しないでおいてよかった。送った甲斐があった。

それより古いレコードが日の目を見たことが何よりもうれしかった。そのうち、そのレコードをCDかUSBに録音して送ってくれるという。

ステレオを買ったばかりの頃のこと、子どもたちと聴きまくっていたころのことが懐かしく思い出される。

レコードはまだまだ残っている。今度はリストを作って息子のところに 送ってみようと思っている。