えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

子どもたちの帰省

今週は今まで以上に自由が利かず、忙しくなりそうだ。

お盆の始まりは先ずはお墓参りだ。昨日は婚家と実家のお墓参りに行ってきた。そして、夜遅くに帰省する次男のために離れの2階の大掃除。実際にはまだ掃除が行き届いていない母屋で寝たのだけれど。

次男には手がかからない。だけど、帰省した時には自由人だ。私がいつものんびり過ごす和室を占拠し、寝ている間もテレビは点けっぱなしで、起きたいときに起き、お腹がすけばあるものを使い、食べたいものを自分で作って食べる。台所の片付けも然り。作ってあげると言っても「いいよ、いいよ、自分でするから」と言う。こちらは栄養を考え、色々食べさせてあげたいのに。もちろん、私が作ったものもあれば食べるし、やってあげれば「ありがとうね」と言ってくれる。話もいっぱいする。ただ、私としては飲みすぎるのが心配だ。本人はのんびり、ゆっくりしたいのだと言うから私も自由にさせているけれど、本当は掃除もしたいし、普通の時間で生活させたい。普通の時間てなんだなんだけれど。まあ、いつも帰省した時ぐらい好きにしていればいいっかと思うようにしている。

 

14日は遅くに長男家族が帰省予定だ。もう布団は干して準備してあるけれど、掃除はまだ半分程度。14日にもう一度丁寧に掃除をし、お風呂の準備だけして待つことにしている。で、私の勝負は15日朝からだ。その日から楽しい戦いが始まる。

長男たちは朝ご飯を食べるとあちこち動き回る。お盆の帰省はお墓参りも含め、ママの実家にも顔を出し、あとは子どもたちが喜びそうなところに出かけ、夕食時に戻ってくる。で、私は長男家族の家政婦さんとなる。これはこれで楽しくもあり、うれしいことでもある。

 

次男は15日には帰るという。長男家族には聞いていないけれど、たぶん17日か18日だと思う。なので、長男家族と次男が一緒に過ごせる時は1日だけだ。先のことを考えると、独身の次男には孫たちともたくさんの時間を共有し、触れ合って欲しいと願っているのだけれど、そんなことを考えるのは親だけなのかもしれない。

まあ、どちらにしても、お盆の休暇の時ぐらい、二人とも好きなように過ごしてくれればそれでいいか。子どもたちが幸せなのが親は一番うれしいのだから・・・

これからも自宅介護を続けるつもり

夫は脳出血後の後遺症のため身体障害1級、7月までの介護度は要介護4だった。

障害者手帳の方は申請時の診断書に障害が固定されていると記載されていたため死ぬまで再申請の必要はない。だけど、介護度の方は一定期間が過ぎると見直しがされる。夫の場合、その介護度は7月末までだった。

 

6月、主治医に意見書を書いていただくように依頼し、7月に認定調査があり、本来ならば7月末までに判定が出るはずだった。だけど、それがかなり遅れ、やっと月曜日に前回と同じ要介護4という結果が届いた。おそらく介護度は変わらないだろうと思ってはいたけれど、判定結果が届くまでは少々心配だった。

 

夫の場合、寝たきり状態ではないので要介護4から5に変わることはまずない。私としては要介護4というのが妥当な評価だと思っているけれど、3になる可能性は0ではない。介護度は低い方が状態がいいということなので、いいに決まっている。だけど、 もしも要介護3に変わったとしたら我家としては経済的にちょっと痛手になる。

 

要介護4と3とではサービスを利用できる金額が大きく違う。だけど、介護度が高い方がサービスの利用料金は高い。

夫は現在、要介護3の金額以下のサービスしか利用していない。だったらサービス料の安い要介護3と判定された方がいいように思える。だけど、4の場合には介護度の高い者を自宅で介護しているということで家族支援が受けられるのだ。だから、複雑な気持ちではあるけれど、総合的に考えると4という評価の方がありがたい。そして、今までは2年で更新だったのが今回は3年に延び、なおのこと有難かった。

 

・ありがとう  ごめんなさいと介護する もしかしてこれ黄金の日々

   2019.7.7 朝日歌壇に掲載された東京都女性の投稿歌

・どうせなら楽しく介護しようかな 籠の鳥子と改名をして

   2019.8.4 同じく朝日歌壇に掲載された東京都の上記の歌と同じ女性の投稿歌

 

この方がおいくつぐらいなのか、どなたの介護をされているのかは分からないけれど、投稿歌が掲載されるたびに頑張っていらっしゃるすがたが目に浮かび、励まされたり、反省したりしながらいつも共感している。そして、私も要介護4の夫を今も、これからも、福祉用具をレンタルし、デイケアと訪問リハビリを利用しながら、できる限り自宅で介護しようと思っている。

今は黄金の日々かもしれないと思いながら、どうせなら楽しく・・・

昨日、今日は盆踊り

昨日、今日と町内会主催の盆踊りが行われている。

6時30分ごろから始まり、音楽と太鼓の音が響いてくる。窓から眺めると浴衣姿の子どもたちもいる。

私は組長だった年には仕方なく参加したことがあるけれど、そうでなければ家のすぐ前で行われていても見に行くこともない。だけど、楽しみにしている方もたくさんいるのだろう。

 

この間の日曜日の朝早く、やぐらを組み、テントを設営し、しばらく音楽をかけて踊りの練習をしていた。練習が終わるとやぐらにブルーシートを被せ、テントは屋根だけを残した形でおろし、準備してあった。

今日は9時まで行われ、また明日の朝早くからやぐらやテントを片付けるのだろう。毎年のことだけれど、この暑い中ご苦労なことだと思う。そして、こうした方たちのおかげで事が運ばれるのだと思うとありがたいことだとも思う。

 

何時もだったら静かすぎるぐらいの我が家だけれど、今日は9時過ぎまで賑やかな音で包まれる。本当は、私としては、静かな方が好きなのだけれど・・・

でも、まあ、何かに夢中になったり、楽しめるということはすばらしいことなのだから、盆踊りを存分に楽しんでほしいとも思う。

それぞれの熱中症対策

私の住む東海地方は日曜日に梅雨が明けたと発表があった。

天気予報では「梅雨明け後の10日は猛暑になると言われている」と言っていた。ご多分に漏れず、梅雨が明けてからというもの、ものすごく暑い日が続いている。そして、天気予報だけでなく、ニュースの時間にも連日熱中症に気をつけるようにと注意喚起している。もう何人もの命が熱中症で奪われてしまったことも。

 

今年は私が楽しみにしている「ふれあい音楽会」は7月の第4週と9月の第2週も行われなくなった。例年、8月だけがお休みだったけれど、昨年は猛暑で急遽3月に延期になった経緯がある。それで今年は初めから予定を変更したのだと思う。聴衆は年配者が多いし、冷暖房の設備のないところでの演奏は奏者にも過酷だ。なので、こうした対策は当然のことだと思う。

 

火曜日は夫の訪問リハビリだった。リハビリでは最後の10分ほどが歩行訓練に充てられ、火曜日の理学療法士さんは雨でない限り外を歩いている。外と言っても、ベッドから玄関に行き、上がり框を降り、庭に出て数メートル歩いて戻るだけだ。それが、この間から、事業所でその時の気温と湿度から熱中症の危険度を割り出し、危険だと判断されたときには外でのリハビリはやらないと取り決めがあったそうだ。これも、利用者のみならず職員の安全に配慮した結果だろうと思う。私もそれでいいと思う。

 

私はというと、夫が家にいる日はごみ出しと、洗濯物を干すとき、取り込む時ぐらいしか玄関より外には出ることはなく、エアコンをつけた部屋の中で過ごしている。だけど、夫がデイケアの日には「暑いから・・・」などとは言っていられない。

月曜日も水曜日も半日は庭仕事、一番暑い時間帯は食材の買い出し、夫の帰宅を待つ間は草取り・・・と。さすがに木曜日は庭仕事はしなかったけれど、郵便局に行ったり、図書館から予約していた本が届いたと連絡があったので市民館に出かけたり、食材の買い出しだけでなく、ドラッグストアにも行ったり、と動き回っていた。

そんな私は、庭仕事の時にはやりすぎないようにとタイマーをセットし、途中でエアコンをつけたままの部屋で梅干を食べ、水分を補給し、小休止するようにしている。そして、終了したらシャワーを浴び、しばらくエアコンの部屋で保冷剤を顔や大きな血管に当て体を冷ますという対策をとっている。

で、何度も書いている五色椿の木はかなり小さく剪定が完了した。

この暑いのにそんなことばかりして我ながらバカみたいだと思わないではない。だけど、やらなければそれはそれでかなりのストレスを感じるわけだから、熱中症になることもなくできてよかったと思っている。

 

この暑いのに五色椿に絡まって咲いていたヘクソカズラ

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チャドクガが怖くて五色椿のまわりは草取りができなかったから生き延びたのだ。かわいい花を見ると「あなたも頑張ってるね」と、思わず声をかけたくなってしまった。

高枝鋸

今年はチャドクガに心底悩まされた。

というか、過去形ではなく今も悩まされている。

 

チャドクガは年に2回も産卵するという。その2回目が8月らしい。この間から、五色椿にだけはまだいるようだと思っていた。

何回か書いているけれど、五色椿の木は私が知る限り樹齢50年以上だ。だから幹は太いし、高さも私の背丈の2倍以上はある。しかも、入り口横にある階段のすぐ脇に植えられているので道路からしたら私の背丈の3倍ぐらいもあり、剪定や消毒などの手入れをするのも大変だ。それより何より、郵便配達の人が通る階段に枝が覆いかぶさるように茂っているし、道路にも枝が少し出ている。チャドクガの幼虫を見つけてからというもの、人に危害が及ばないかと心配でならなかった。

 

今年は高枝切りばさみで切り取れるだけの枝や葉っぱは切り落とし、消毒も何度か行った。それでも、太い枝や、かなり高いところの枝は切ることができず、念入りに消毒を行い対処した。

それなのにまた見つけた。こうなればもう私でも手入れができる高さに切るしかない。

とはいえ、我家には生木を切る鋸や剪定ばさみはあるけれど、それでは高いところまでは切ることができない。

 

この間、自転車で買い物に出かけた時、鋸が付いた高枝切り鋏で高い枝を切っている人に出会った。「あれなら切れそうだ」と思ったけれど、高枝切りばさみはある。だから鋸が付いているとはいえ買う気になれなかった。長い棒に生木を切る鋸を括り付けたらどうだろうか、私にうまく括り付けられるはずはないか・・・等など、考えていると、高枝鋸というものがあることが分かった。ネットで調べると「地方のホームセンターにはないかもしれない」と書いてある。それならネットで買おうと思ったけれど、もしも実店舗に置いてあれば後で替え刃が必要になった時のことを考えるとその方がいい。ということで一番近くのホームセンターへ行ってみた。でもそこには置いてなかった。ちょっと迷いながら離れているホームセンターまで足を伸ばしてみるとネットで一番人気のメーカーではなかったけれどあった。値段は6000円弱。買ったとして、五色椿を剪定してしまえばもう大きな木はなくなり高枝鋸の出番はない。だけど、シルバーの剪定の人にチャドクガの幼虫が付いている木の剪定は頼めない。チャドクガに対応してくれる業者に依頼すれば6000円では到底済まない・・・。高枝鋸を前にしばらく悩んでいたけれど、結局は買うことにした。

 

高枝鋸を買ったもののお天気が悪い日が続いたり、歯医者さんの予約が入っていたりして使う日がなかった。

まだ私の住む東海地方は梅雨が明けてない。だけど、この間の木曜日は梅雨明けしたようないいお天気だった。そして夫はデイケアの日だ。

 

夫がデイケアの日は約7時間が私の自由時間になる。とはいえ、買い物にも行かなければならないし、昼食の時間もある。だから、庭仕事に使える時間は午前中の3時間とデイケアから帰宅する夫を待ちながらの1時間だけだ。夕方の1時間は片付けがいらない草取りにしか使えないから庭木の剪定は午前中の3時間だけだ。

 

夫がデイケアに出かけるとすぐに高枝鋸を取り出し五色椿の剪定を始めた。高枝鋸はなかなか使い勝手が良かった。私でも、高い枝や直径5センチぐらいの枝なら難なく切れる。ただ、切った枝は翌日の燃やすごみで出せるように細い枝の部分や葉っぱは切り落としてビニール袋に入れ、太い枝は紐で縛ってまとめておくところまでやっておかなければならない。だから一気にやってしまいたくても3時間ではとてもできない。できたのはほんの一部だけだ。それでも階段に覆いかぶさっていた部分だけは切ることができたのでホッとした。

同じペースで行ったとしたらあと3、4回はかかりそうだ。もう花芽が付いていてかわいそうな気がするけれど、今年の冬は花は諦めて来年の春までには私の胸の辺りまで小さくしてしまう予定でいる。

高枝鋸、買ってよかった。いい仕事をしてくれそうだ。

夏休みのラジオ体操

昨日から家の前の公園で町内会主催のラジオ体操が始まった。

6時少し過ぎた頃からだんだん子どもたちが公園に集まり、6時30分からラジオに合わせて体操が始まる。窓から眺めていると子どもたちは2、30人ぐらい参加しているだろうか。それにお役の大人たちが何人か。

我家の子どもたちが小学生の頃は、夏休みが始まるとすぐから7月末までだったと記憶している。それが今は徐々に日数が減り、今月いっぱいで終了になる。

 

私が子どもだったころは確か夏休みが始まった翌日からお盆までだったような気がする。その頃もお役の大人たちは何人かいて、体操に参加した子どもたちの出席カードに判を押してくれた。私もお役目で参加したことがあるけれど、朝の6時30分という時間は家庭を持ち勤めている者にとっては大変だった。あの頃は思ったこともなかったけれど、期間が長かったからお役の方たちは大変だっただろうと思う。それでも、母も含め、大人たちは子どもたちに文句を聞かせることも、愚痴を言うこともなかった。最近は、あの頃、母はどんなふうに思っていたのだろうかと考えることがある。

 

夫は元気だった頃、お役でもないのに公園に行き、一緒に体操をしていた。

あとしばらく、毎朝、公園のラジオ体操の15分のあいだ、子どもの頃のこと、子どもたちが小学生だったころのこと、夫が倒れる前の日々を思い出しそうだ。

 

ラジオ体操が終わってからもしばらくは子どもたちの声が聞こえている。その声が聞こえなくなると今度はセミの大合唱だ。そして夕方までは静かな公園に戻る。

ごみステーションに思う

火曜日から金曜日は毎日、月曜日は月に数回、何らかのごみの収集がある。

生ごみと、燃やすごみと、壊すごみは専用のビニール袋に入れ、プラスチックごみや埋めるごみ、瓶・缶、危険物、布類などは半透明のビニール袋に入れ、決められた曜日、決められた時間(日の出から8時30分)にゴミステーションに出しておく。

 

友人の町内ではごみが収集された後、当番の人がごみステーションの掃除をしているという。だから、決められたステーションに出している。我家の辺りでは衛生・清掃委員という役目の人がいるにはいるが、ごみが収集された後にそこのお掃除をする人というわけではない。だから、どこにごみ出しをするかは厳密に決められていない(と思う)。とはいえ、たぶん、同じところに出しているとは思う。

 

我家の近くには南に行っても1分足らず、北に行っても1分足らずのところにゴミステーションがある。勤めていた頃は通り道だったので北方面のステーションへ、退職後はわずかに近い南方面に捨てに行っていた。どちらにしても歩いて1分足らずのところなので不便を感じたことはなかった。

それなのに、最近、もっと近いところにゴミステーションが増設された。住民の要望なのか、1か所に集まるごみの量が多いからと収集する側から出た要望なのかは分からない。けれど、私にはどうしてそこに作られたのか理解に苦しんだ。というか、今までの状態で十分ではないかと思っている。だって、西にだって、東にだってそんなに遠くないところに何か所もあるのだから。それより、私にとってはデメリットの方が大きいとさえ思っている。

 

新しいごみステーションができることをだれも知らなくて、できた時も「ここに捨ててもいいのかしら・・・」と言いながら通り過ぎる人ばかりで1週間ぐらいは誰も捨てる人がいなかった。普通なら「ここにゴミステーションを増設します」とか「何時いつから使用できます」とか、回覧板ででも案内がありそうに思うのだけれど、そういう連絡はなかった。それとも、私が気づかなかっただけだろうか。それでもすぐに捨てる人が出て、一人が捨てれば次の人も捨て、収集されていることが確認できたので今では私もそこを利用するようになった。

だけど、やっぱり、デメリットの方が大きい。

ごみ出しのルールを知らないのか、知っていて違反するのか分からないけれど、燃やすごみの日ではないのに燃やすごみを出す人がいる。しかも、既定のビニール袋ではないビニールに入れて。瓶や缶や生ごみまで一緒くたに入れているものだからそれをカラスが突き、付近にごみが散乱し、我家の前の側溝の中までごみが飛んでくる。そのままでは当然ごみは収集してもらえない。仕方がないのでごみを拾い集め、我が家で購入したごみ袋に入れて出すということになる。もう何度もそんなことがあるとちょっと腹立たしい。

 

今朝、庭のモミジバアオイが咲いていた。

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窓から外を眺めると私の視野の左端にこのモミジバアオイが見える。そして、右端にはごみステーションの黄色い網(カラス除け)と青い生ごみを入れる籠が見える。

今日はごみステーションのまわりはきれいだけれど、景観は悪くなった。まあ、それは仕方がないことだと諦めよう。