えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

うれしいお客さま

しばらく書かないでいると、書くつもりだったことが溜まり、頭の中でまとまりがつかなくなってしまう。

 

手づくり展に行ったこと。花ふきんをいくつも作ったこと。購読していたブログ(八重子おばあちゃんの日記)が雑誌に掲載され、発売日に即購入し、日記について考えたこと。友人が白内障の手術を受け、アッシー君をした時のこと。日曜日のこと。今日のこと・・・。

 

とりあえずは日曜日のことから書くことにする。

 

11月11日(日)

午前中に夫の友人Kさんがきな粉とゴマのお団子と、「美の巨人たち」を録画したDVDを持って来てくれた。

Kさんのことは何度も書いているけど、夫とは小学校の時からの仲良しだ。そして、夫が倒れた日、Kさん宅のリフォームの打ち合わせに出かけていた。その時、異変に気付いたKさんが私に連絡をくれた。でも、迎えに行く前に自分で帰ると車に乗り、運転し始めた直後に意識を消失。しかし、Kさんの機転で危うく大事故にならずに済んだ。リフォームはそのままになってしまったにもかかわらず、Kさんは今でも1、2か月に1度は顔を見せてくれるありがたい友人だ。

いただいたお団子を一緒に食べ、2時間ほどおしゃべりを楽しみ、昼前には帰られた。

 

Kさんがいる時、15年前に夫が設計管理をさせていただき、自宅を建てられたHさんの奥さんから電話が入った。

Hさんから、夫が倒れた翌年も翌々年も年賀状をいただいた。それまでは夫も出していたのだけれど、翌年はまだ入院中、翌々年は年賀状を出す気にはなれず、だれにも出さなかった。でも、そのままにもできず、翌々年に年賀状を下さった方々には事情を書いて非礼を詫びるハガキを出した。

それから、Hさんは奥さんに「会いに行きたい」と言っていたそうだ。でも、行っていいのかどうか分からなくてそのまま日にちが過ぎていった。

 

それが偶然、10月の初めに「金子通世&リメイクバック教室展」を見に行った時、Hさんの奥さんにお会いしたのだ。そして、午後からお二人で、会いに来てくださることになった。

 

約束は1時30分。

お二人の顔が窓から見えると、夫はすごくうれしかったのだと思う。ににこにこ顔でお出迎えした。

Hさんは「自宅を建ててもう15年が経つけれど、何一つトラブルはなく、快適で本当に良かったです。」と言い、夫の手を握ってくれた。その言葉を聞いて、夫は心底喜び、満面の笑みを浮かべた。

 

Hさんは多趣味で、夫が元気だった頃に篆刻の印を彫ってくれた。今は絵手紙も表装もやって見えるそうで夫のために絵手紙用の表具を作ってきてくれた。 

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縦用と横用。表装用の布ではなく、着物地で作られたそうだ。写真が悪いけれど、すごくステキな着物地だ。表具の裏側には篆刻の印が押してある。

ハガキは季節も年もおかしいけれど、とりあえず手持ちのものから合いそうなものを挿してみた。そして、夫には「来年用の猪の絵を描いたらそれを挿そうね。」と、言っておいた。

 

我家の日曜日はいつも夫と二人だけ。寂しいぐらい静かで、刺激もなければ、何の変哲もない生活だ。

この間はお客さまたちのおかげで大いに笑い、明るくて楽しい一日になった。夫もうれしかったに違いないけれど、私もすごく嬉しくて、良い1日となった。

 

そして、もう一つ。

写真は撮れなかったけれど、今年初めてジョウビタキが庭に遊びに来た。こちらも私にとってはうれしいお客さまだった。

今日は庭仕事

昨日は雨が降ったり止んだりのお天気だった。

ひどい降りではなかったけれど、朝起きると地面は濡れていた。

 

今日は夫はデイケアに行く日。地面が濡れていればもう草取りをやるしかない。

と、思ったけれど、実際には草取りは少しだけして、あとは草花の手入れや植木の手入れを1時間半ぐらいした。

 

夫がデイケアの日、少しでも庭仕事ができると何だか気分が落ち着くような気がする。やってもやってもきりがないし、決してきれいになる訳でもないのだけれど、庭にいると鳥の鳴き声や草花に癒されるし、やらなければすぐに見るも無残な姿になり、見ているだけでイライラしてくるから。

 

今日は、小菊が一斉に咲き始めていた。

白い小菊。

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オレンジと紫色の小菊。

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黄色も。

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薄紫の小菊。

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こちらはピンク。

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先月の30日は義父の命日だった。

その時はまだ、この小菊は殆どが固い蕾だった。それでもいくつかは色づき、開花したものもあった。あちこちに植えられている小菊からそんな枝を探し出し、シバの枝と、お墓のお花に仕立てられそうな花を切り、お墓参りに行ってきた。

 

小菊は義母が仏壇に供えるために植えたもの。なので、今日はいろんな色の小菊を切り、仏壇にもお供えした。でも、花は一気に咲いて、終わりも一緒。あと、何回お供えできるだろうか。

 

夕方、今度は草取りをしながら夫の帰宅を待った。

すると、裏のお宅の高い木の上でモズが高鳴きを始めた。すぐにカメラを持ちに行き撮ってみたけど、ボケボケでアップできるような代物ではなく、割と近くだったのに残念だった。

最近はよくモズを見かけるようになった。でも、はやにえは子どもの時以来見たことがない。見たら見たでびっくりしてしまいそうだけれど、怖いもの見たさで、見てみたいような気もしている。

資源回収の日

今日は町内会の資源回収の日だった。

我家の辺りの資源回収は、町内会と、校区の小学校、中学校の3か所で、別々の日に行われる。

 

小学校の資源回収は朝8時までに玄関先に出しておけばPTA の委員さんが集めに来る。

中学校は授業の一環として行われるのか、生徒と教員が午後1時頃から集めに来る。

町内会では以前は8時までに決められた公園まで各家庭で持って行くことになっていた。持っていけない人は組長さん宅まで持って行けば組長さんが公園まで持って行ってくれる。そして、組長さんたちは交代でお手伝いに出ていた。しかし、何年か前から町内の青年会の方たちの協力により各家庭まで取りに来てくれるようになった。

 

資源回収にはなるべく協力したいと思っている。

だけど、小学校のように役員さんの仕事だと思うと、たくさん出したいと思っても負担が大きくならないように、乗用車で運びやすそうな新聞や雑誌を少しだけにしていた。

その点、中学生たちは授業の一環ならば持ちやすいように縛っておけば、大きな段ボールでも、量が多くても大丈夫。時間も午後からなのでゆっくりと準備できるし、ありったけ出していた。

町内会の場合は、ちょっと離れた公園まで持って行くのは夫のこともあるし、組長さんにお願いするのも憚られ、以前は出せなかった。(夫が倒れる前は持っていた)

でも今は、家の前に出しておけば、青年会の方たちがトラックで集めに来てくれるようになったので一番出しやすくなった。ただ夜のうちに出せないので、夫のことと重ならないように朝早くに準備する必要はあるけれど。

 

今朝は雨がパラパラしていた。資源を物置から出そうかどうかと迷っていると、外を通る車のマイクから「今日は資源回収を行います」と聞こえてきた。

私が少しばかり出したところで大した額にはならない。だけど、組長を免除してもらった今はそんなことぐらいでも町内のことには協力したいと思う。あとは、お祭りの寄付や子ども神輿のおひねり、正月の獅子舞の志しぐらいしかできないのだから。

それで、新聞や雑誌、段ボール、雑紙、をたっぷりと玄関先に出しておいた。

 

今日は資源回収には協力できたし、我家の物置もすっきりしたし、良かった、良かった。

アケビ

月曜日のこと。

夫がデイケアに出かけた後、1時間半ぐらい庭仕事をした。もう少しやっておきたいと思ったけれど、ちょっと疲れてきたので続きは夕方やることにして買い物に出た。

 

買い物の前にコーヒーが飲みたくて、たまに行く喫茶店へ寄り道をした。

そこは4人掛けのテーブルが4つとカウンターに5人ぐらい座れるだけの小さな喫茶店。客は私を入れて常連のお一人さまばかり4人。私がいる間にあと2人来て6人だけ。

 

茶店のドアを開けると、入り口付近の飾り棚に大きなアケビの実が籠に入れて飾ってあった。それを見ただけで何だか嬉しくなってしまうという単純なわたし。

 

ママが、お向かいさんの庭で採れたアケビをいただいたと教えてくれ、 知らないお客同士でアケビの思い出話しが始まった。そして、ママが帰りがけに「一ついかがですか?」と私に下さった。

ママは夫のことも、絵が好きで絵手紙を描いていたことも、昔はこういったものを見ると絵心がそそられて描きたくなることも知っている。それで下さったのだ。 

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こんな大きな実は初めて見た。普通はこの半分ぐらいか、大きくても3分の2ぐらいの大きさだ。

 

夫がデイケアから帰宅すると、すぐに見せた。そして「絵を描かない?」と言ってみたけど、残念ながら首を横に振った。

 

まだ元気だった頃に描いた絵手紙。

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「いろいろなあけび」と書いてあるのは、以前にアップしたこんな絵など等、たくさん描いたから。

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いただいたアケビはまだ机の上に飾ってある。

描いてほしいけれど、描かないかな。気乗りしないと描けないのは分かっているから諦めるとするか。

自分のごみは自分で持ち帰りましょう

秋晴れの今日は町内会(全市をあげて)の530運動の日だった。

開始時間が8時なので、いつものことだけれど、夫の状況で参加できないことを想定し、先週は私の530週間だった。

 

家の前の道路の掃除と草取り、側溝の掃除をしておくだけなのだけれど、今の時期は公園の落ち葉が道路だけでなく側溝の中にもいっぱい溜まっている。それを掃き、ビニール袋に入れていると腰に負担がかかり、私には結構重労働だ。この間の秋祭りの後、雨続きだったので爆竹の残骸も道路にへばりついていて掃いても掃いても取れやしない。でも、落ち葉と草は許せる。爆竹の残骸も許容範囲内だ。だけど、たばこの吸い殻と飲み物の缶やペットボトル、それとお菓子の空き袋は許しがたい。我家が公園の前なのでこうしたごみに悩まされるのかもしれないけれど。

 

530運動のことは何度も書いているけれど、はじめは「自分のごみは自分で持ち帰りましょう」ということから始まった。しかし、今では市をあげての清掃日となっている。

それはまあ、良いことだと思っている。でも、我家の辺りを見る限り、各々の家の前は皆さん日常的にきれいにしてみえる。だから町内をあげて日時を決めて清掃する必要性を感じない。それより原点である「自分のごみは自分で持ち帰りましょう」ということが徹底されればたばこの吸い殻も飲み物の容器やお菓子の袋などが道路や側溝に落ちているなんていうことはなくなる。そうすれば町中がきれいになるはずだ。でも、ニュースで渋谷のハロウィンの状況を見ていると、自分のごみを自分で持ち帰るという行為は難しいことなのだと思ってしまう。

 

因みに、10年ぐらい前までは530運動の日には殆どの家庭が参加していた。そして、ご近所といっても滅多に顔を合わせることがないので、その時に親交を深めていた。それが徐々に参加者が減り、最近では半数ぐらいの家庭になり、しかも参加者は固定されてきた。それはそれで事情も考え方もあることだから構わない。だけど、今日は隣組の2軒の人と、組長さんしか顔を合せなかった。こんなことはこの地に暮らして40年、初めてのことだった。たぶん、だれも参加しなかったわけではなく、それぞれの家の前を清掃して終了したのだと思う。だけど、組長さん以外の組の人たちの誰とも会えなかったのはちょっと残念だった。

短歌とツワブキとシジミチョウとわたし

夫は今年に入ってから昼寝をしなくなった。

車いすでうとうとしているのだからベッドで横になれば楽なのにと思う。それに日中ずっと臀部に体圧がかかっているより分散できるし、私も一時楽になれるのにと思う。けれど、寝たくないと意思表示する大人を無理やりベッドに寝かせることはできない。何事も、私の思うようにはいかない。だから、8年経ち、体調が良くなってきたのだろうと思うことにした。

その代わり、夜が早くなった。早い時はもう7時前にはベッドに入る。遅くても7時30分には寝てしまう。

 

夫が寝てしまうと、残した家事と入浴をすればあとは自分の時間だ。日中は洋間で過ごすけれど、夜は和室で過ごす。テレビの前に座り、録画しておいた番組を見ることが多い。

 

この間の火曜日もそんな風に過ごした。

夫が寝ると、残っていた家事を済ませ、風呂を沸かし、風呂が沸くまではPCで遊び、入浴後はテレビの前に陣取り、テレビとブルーレイディスクのスイッチを入れた。

 

PCで遊んだ時間が長かったのでテレビをつけるとクローズアップ現代+の映像が流れていた。短歌が詠まれ、その歌に勇気をもらったとか、励まされたとか・・・、番組では萩原慎一郎さんのことを取り上げていた。

録画番組を見るつもりでテレビをつけたのだけれど、ついついその番組に見入ってしまった。

あとで調べると、 いじめ 非正規 恋・・・

歌に託した人生 ~ある歌集・異例のヒット~ というものだった。

クローズアップ現代+のホームページより

「サラダ記念日」の大ブームから30年、平成の時代をうたった一冊の短歌集がいま大きな話題を集めている。作者は萩原慎一郎さん、去年32歳で自ら命を絶った。学生時代のいじめ、その後の精神的不調そして非正規として働いた人生・・・。過酷な日々とともに夢や恋も歌にした。発行部数は通常の歌集の200倍に達している。自らも感銘を受けたという又吉直樹さんとともに、萩原さんが残そうとしたメッセージに迫る。

 

萩原さんは中高一貫校に入り、そこでいじめが始まり、その苦しい時期に短歌に出会ったそうだ。短歌界での 数々の賞を受賞し、歌人になること、歌集を出すこと、それが萩原さんの年来の夢だった。そして、ご自身から歌集を出したいと申し出があり、タイトルも希望の出版社も決め、あとがきも準備されていたという。しかし、歌集が出版される前に(入稿後の6月)命を絶ってしまったのだ。

 

朝日歌壇賞、NHK全国短歌大会などでも受賞している萩原さんの短歌、私もどんな短歌だったのかははっきりと記憶にないけれど、名前には記憶があったので目にしたことがあると思う。そして、テレビで朗読された短歌に心を奪われ、翌日、美容院からの帰りに本屋さんへ走り購入した。

歌集 滑走路

歌集 滑走路

 

 一気に読み、今また読み返している。

私が心惹かれた短歌のことを書きたいけれど、本の帯に書かれた短歌と俵万智さんのことばを記しておく。

非正規の友よ、負けるな ぼくはただ書類の整理ばかりしている

頭を下げて頭を下げて牛丼を食べて頭を下げて暮れゆく

消しゴムが丸くなるごと苦労してきっと優しくなってゆくのだ

夜明けとはぼくにとっては残酷だ 朝になったら下っ端だから

われを待つ未来にいることを願ってともすひとりの部屋を

  

ピュアな言葉に思う。短歌は、彼の濾過装置。

自在な表現に思う。短歌は、彼の翼。

真っすぐに心を射抜く短歌が、ここにある。 俵万智

私もその通りだと思う。そして、いじめは残酷で罪深いことだと思う。

 

今週は木曜日に夫の脳外科受診と床屋さんに行き、その後は今日まで家に籠っていた。

この間から庭のあちこちでツワブキが咲き始め ている。 

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草取りもできないものだから姫女苑も大きくなって花が咲いている。

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このままにしておくと増えてしまうと思いながらも花を見ればかわいくて取れずにいる。

外出はできないけれど、南側の庭なら夫の視界に入るから、ツワブキを眺めたり、20分ぐらいは草取りもした。そして、ちょこまか飛び回るシジミチョウにも遊んでもらった。

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明日になれば夫はデイケア。私はこのシジミチョウのようにちょこまかと飛び回る予定でいる。

いくつになっても、何年たっても

今日は母の命日だ。

もう44年も経ってしまった。

今週も来週もいろんな予定が入っていたし、月曜日は雨が降っていたので迷ったけれど、やっぱりお墓参りに行きたくて、小雨になった時を見計らって行ってきた。

 

お墓参りに行ったとはいえ、今日は命日だ。朝から母のことばかりが思い出され、1日中偲んでいた。

いくつになっても母は恋しいし、何年たっても母に会いたいと思う。実生活ではそんなことを思っても口に出すことはないのだけれど。

 

ご近所に95歳と96歳になられる小母さんがいる。

95歳の方は同じ敷地内に娘さん家族が住んでいるけれど、一人暮らし。歩行器を使い、お一人で老人会にも出席しているし、市民館の短歌の倶楽部にも入っている。

96歳の方は独身の次男さんと二人暮らし。この間見かけた時には、まだ杖を使うこともなく、ご自身の足で歩いていた。

母の方が少し年上ではあるけれど、お二人とも母と同年代だ。このお二人を見かけるたびに母が生きていれば・・・と、早くに亡くなった母のことが思い出される。

 

病気になってからの思い出は辛いことばかりだけれど、それまでの思い出は楽しかったこと、嬉しかったこと等など、幸せだったことばかりだ。会いたいし、もうこの年になると「いつでもお迎えに来ていいよ」といいたいところだけれど、今の私は夫を置いてまだあの世へは行くわけにはいかないのだ。だからお墓参りに行くと、お線香をあげながらしばらく心の中で話をして、最後にはいつもそう言って帰ってくる。

 

今日は私の中にずっと母がいたような気がする。やっぱり会いたいなあ。でも、私よりずっと若い母の顔しかわからない。