えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

病院受診の日

口を開けば「暑い」という言葉しか出てこないような毎日だ。

昨日はお隣の県の多治見市では40.7℃だったとか。全国でも39.0℃を超えたところが何か所もあり、テレビでは連日「命に係わる危険な気温」だと報じている。もう異常だとしか言いようがない気象状況にうんざりしている。

 

そんな中、今日は夫の脳外科受診日だった。

車いすの夫は私よりも照り返しが強い。しかも右マヒのため右半身の循環も悪く、気温の影響を受けやすい。だから、こんな状況下ではデイケア以外は極力外出したくない。だけど、病院受診だけはそんなことは言っていられない。

 

予約は10時30分。私ひとりなら10時10分ぐらいに家を出ても十分間に合うところだけれど、夫は一つ一つのことに時間がかかる。なので9時40分には家を出る予定でいた。いつもだったらその予定でもあれよあれよという間に10時ごろになってしまうのだけれど、今日はほぼ時間通りに出発できた。

 

病院に着くと、6台分ある車いす用の駐車場はすでに空きはなかった。7年間通院していて一度も止められたことはないのだけれど、正規のスペース以外にあと4台分はすぐ横に広い通路があり、そこに止めることができる。今日はそこにも無理やり6台止めてあり、もうそれ以上は止めることができなかった。

 

ドアを全開にしなければ夫を車から降ろすことはできない。一般の駐車場では隣のスペースが空いてないと降ろせない。玄関先で夫を降ろし、待合ホールで待たせ、私だけ車を止めに行けばいいのだけれど、それも心配。で、結局は夫を乗せたまま駐車スペースを探し、遠いところに止めた。病院というところは車いすの人だけでなく、受診する人全員がそういったスペースが必要な人なのかもしれない。我家の場合、介助者がいるのだから遠くても隣のスペースさえ空いていれば何とかなる。でも、隣のスペースが空いているところを探すのも大変だ。まあ、仕方ないことだけれど。

 

そんなこんなで、時間的ゆとりは十分だったはずが、手続きを終えると予約時間の少し前だった。それなのに、夫はトイレに行きたいというし。これも生理現象、仕方がないことだけれど。

トイレから戻ると、掲示板は夫の予約時間になっていた。同じ予約時間内には何人かの患者さんが入れてあるはず。そのうち、呼ばれるだろうと待っていたところ、看護師さんが外に出てきて夫の名前を呼んだ。通常は掲示板に番号が表示されるのだけれど、トイレに行っている間に呼ばれたのだと言い、すぐに診察してもらえた。

 

大きな病院は予約でもかなり待つと聞く。夫の主治医は4人目だけれど、待たされたのは初めの一人だけ。それでも1時間は待つことはなかった。今の主治医はほとんど予約時間内(10時30分から11時)には呼んでくれる。早い時には10時30分には診察も終了してしまうぐらいだ。かといって患者さんが少ないわけではなく、待合室には患者さんがあふれている。先生もきちんと顔を見て対応してくれるし、不親切なわけでもない。まあ、夫の状態は変わりないのだからこんないいことはないと思っている。

 

診察が終わると、夫は必ずレストランに行くという。夫にしてみれば3か月に1度の楽しみだと思う。

今日は「カレーの日」だとかで、300円でカレー(小さなサラダ付き)が食べられる日だった。しかし、残念なことに昼食には少々時間が早かった。で、モーニングコーヒーにした。コーヒーに厚切りトースト1枚分(バター・イチゴジャム付き)、サラダに、ゆで卵がついて470円。カレーの方がずっと安いけれど、久しぶりに外で食べることを楽しむのだから、それはそれで良しとする。

 

駐車場のことはあったけれど、何事もなく受診が済み、コーヒーを楽しみ、今日の大仕事が終わった。

今月はまだ整形外科受診と歯科受診が残っている。暑くてクタクタだけれど、あとはクーラーのきいた部屋で過ごせるのだから幸せなものだ。

病院受診の日

口を開けば「暑い」という言葉しか出てこないような毎日だ。

昨日はお隣の県の多治見市では40.7℃だったとか。全国でも39.0℃を超えたところが何か所もあり、テレビでは連日「命に係わる危険な気温」だと報じている。もう異常だとしか言いようがない気象状況にうんざりしている。

 

そんな中、今日は夫の脳外科受診日だった。

車いすの夫は私よりも照り返しが強い。しかも右マヒのため右半身の循環も悪く、気温の影響を受けやすい。だから、こんな状況下ではデイケア以外は極力外出したくない。だけど、病院受診だけはそんなことは言っていられない。

 

予約は10時30分。私ひとりなら10時10分ぐらいに家を出ても十分間に合うところだけれど、夫は一つ一つのことに時間がかかる。なので9時40分には家を出る予定でいた。いつもだったらその予定でもあれよあれよという間に10時ごろになってしまうのだけれど、今日はほぼ時間通りに出発できた。

 

病院に着くと、6台分ある車いす用の駐車場はすでに空きはなかった。7年間通院していて一度も止められたことはないのだけれど、正規のスペース以外にあと4台分はすぐ横に広い通路があり、そこに止めることができる。今日はそこにも無理やり6台止めてあり、もうそれ以上は止めることができなかった。

 

ドアを全開にしなければ夫を車から降ろすことはできない。一般の駐車場では隣のスペースが空いてないと降ろせない。玄関先で夫を降ろし、待合ホールで待たせ、私だけ車を止めに行けばいいのだけれど、それも心配。で、結局は夫を乗せたまま駐車スペースを探し、遠いところに止めた。病院というところは車いすの人だけでなく、受診する人全員がそういったスペースが必要な人なのかもしれない。我家の場合、介助者がいるのだから遠くても隣のスペースさえ空いていれば何とかなる。でも、隣のスペースが空いているところを探すのも大変だ。まあ、仕方ないことだけれど。

 

そんなこんなで、時間的ゆとりは十分だったはずが、手続きを終えると予約時間の少し前だった。それなのに、夫はトイレに行きたいというし。これも生理現象、仕方がないことだけれど。

トイレから戻ると、掲示板は夫の予約時間になっていた。同じ予約時間内には何人かの患者さんが入れてあるはず。そのうち、呼ばれるだろうと待っていたところ、看護師さんが外に出てきて夫の名前を呼んだ。通常は掲示板に番号が表示されるのだけれど、トイレに行っている間に呼ばれたのだと言い、すぐに診察してもらえた。

 

大きな病院は予約でもかなり待つと聞く。夫の主治医は4人目だけれど、待たされたのは初めの一人だけ。それでも1時間は待つことはなかった。今の主治医はほとんど予約時間内(10時30分から11時)には呼んでくれる。早い時には10時30分には診察も終了してしまうぐらいだ。かといって患者さんが少ないわけではなく、待合室には患者さんがあふれている。先生もきちんと顔を見て対応してくれるし、不親切なわけでもない。まあ、夫の状態は変わりないのだからこんないいことはないと思っている。

 

診察が終わると、夫は必ずレストランに行くという。夫にしてみれば3か月に1度の楽しみだと思う。

今日は「カレーの日」だとかで、300円でカレー(小さなサラダ付き)が食べられる日だった。しかし、残念なことに昼食には少々時間が早かった。で、モーニングコーヒーにした。コーヒーに厚切りトースト1枚分(バター・イチゴジャム付き)、サラダに、ゆで卵がついて470円。カレーの方がずっと安いけれど、久しぶりに外で食べることを楽しむのだから、それはそれで良しとする。

 

駐車場のことはあったけれど、何事もなく受診が済み、コーヒーを楽しみ、今日の大仕事が終わった。

今月はまだ整形外科受診と歯科受診が残っている。暑くてクタクタだけれど、あとはクーラーのきいた部屋で過ごせるのだから幸せなものだ。

ハガキは最高の贈り物

いつのころからか、ハガキが大好きになった。

子どもの頃にはハガキよりも封書が好きで、ステキな便せんや封筒を見つけるとついつい買ってしまい、引き出しの中には山ほどの便せんや封筒があった。

 

だけど、今は断然ハガキがいい。特に絵はがき。最近は旅行に行くことはなくなったし、絵はがきもあまり見かけなくなった。だけど、出先でステキな絵はがきを見つけるとついつい欲しくなって買ってしまう。

 

夫が元気だった頃には夫が時々描いてくれる絵手紙を使うことが多かった。でも、今は滅多に書かなくなってしまったのでほとんど絵はがきを使っている。

出す相手のことを思いながらファイルの中からハガキを選び、文を書く。そして、切手を選んで投函する。そのどれもが楽しい作業だ。

 

ハガキは出すのも好きだけれど、郵便受けに自分宛てのハガキを見つけると、それだけで幸せな気持ちになってくる。

だけど、数年前までは毎日のように届いていたハガキは最近ではめったに来なくなってしまった。それは私自身が夫が倒れてから滅多に書かなくなってしまったからだ。それでも、郵便屋さんのオートバイの音が聞こえるとすぐに郵便受けを見に行き、私宛のハガキを待っている自分がいる。

 

今週はそんな私のもとにうれしいハガキが2通も届いた。

1通は差出人の名前が書いてない絵手紙。絵は子どもが描いたと思われる山並みの絵で、日付は7月3日と書いてあった。7月3日は平日だから上の孫は小学校だし、下の孫は幼稚園のはず。でも、宛先の字は長男の字のように思われた。で、メールをしてみたところ、上の孫が学校から山梨に登山合宿に出かけ、その時に描いたものだと分かった。

じいちゃん、ばあちゃんにと、私たちのことを思い、絵手紙をくれたと思うとすごくうれしかった。

 

もう1通はよんばばさんから竹久夢二のステキな絵はがきが届いた。

絵の部分だけでも写真でお見せしたいぐらい夢二の中でもステキな絵だ。そして、優しい心遣いを感じるよんばばさんの文面に心の芯から温かくなった。

いつもは夕方5時過ぎぐらいの配達なのだけれど、その日は出先から戻った2時頃には郵便受けに入っていた。だから、その日は午後からずっと嬉しい気持ちのままで過ごせた。

 

「手紙はその人のことだけを思いながら書くから最高の贈り物だ」と言われているけれど、私もその通りだと思っている。はがき1枚でこんなにうれしかったり、温かい気持ちにさせてもらえるのだから。

よんばばさん、ありがとうございました。うれしかったです。

風蘭とゆりが咲いた

35年ぐらい前に当時の同僚から風蘭をいただいた。

彼女のご主人は山野草や野鳥が大好きで、そういった自然に囲まれて生活していた。

今は殆どお付き合いがなくなってしまったけれど、当時はよく話し、気が合う仲間だった。お付き合いがなくなってしまったのはお互いに職場を変わり、子育てや仕事に忙しく会う回数が徐々に減り、そうこうしているうちに我家は夫が倒れ、彼女の方は子どもさんのことでいろいろあり、今に至ったということだ。

 

その彼女からいただいた風蘭が今年も数日前に咲いた。 

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風蘭はいただいた時に木の又のところに引っ掛けておいただけ。生木に引っ掛けてあるので水もやらないし、肥料もやったことはない。それでもこの時期になると毎年花をつける。横着者のわたしには打ってつけの花だ。しかもかわいいし。

そして、この花が咲くといつも彼女のことを思い出す。

 

昨日はゆりも咲き始めた。

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これは4年ほど前に夫の姉がくれた鉢植え。

初めは立派なゆりが一株だった。鉢植えだったので水やりを忘れないようにと窓から見える位置に置き、水やりだけは忘れないようにした。

水やりしかしてないのに、毎年球根は増え、やせっぽちのゆりが何本も芽を出した。そして、今年もきれいな花を咲かせてくれた。

 

昨日は姉が来てくれたけれど、夜になってからだったので咲いているところは見てもらえなかった。でも毎年、咲いている間中「お姉さんのゆりが咲いた」とお姉さんのことを思いながらながめている。

 

それぞれの花にはそれぞれの思い出があり、いろんな花が咲くたびに思い出も含めて楽しませてもらっている。花に癒され、ささやかな幸せを感じながら。

押し花

私が小学生の頃、夏休みになると学校から昆虫採集や植物採集に連れて行ってくれた。夏休みのことなのでたぶん自由参加。学年を越えてのことだったのか、私の学年だけだったのか、どこに行ったのか等など、詳細の記憶はない。ただ、昆虫採集にも植物採集にも参加した記憶があるので高学年を対象に毎年行われていたのだと思う。

 

今では昆虫も植物も採取するのではなく、観察が重視されるけれど、当時は昆虫採集や植物採集は当たり前に行われていた。

そして、昆虫採集の時には虫網に虫かごではなく、三角に折ったパラフィン紙と三角ケースを持って。捕ったトンボやチヨウチョなどの昆虫は三角紙に包み、それを三角ケースの中に入れて持ち帰り、家に帰ってから標本にした。

植物採集では今では見たこともないブリキ製の桐乱と野冊を持って。採った植物はそのまま桐乱に入れたり、野冊に挟んで持ち帰り、押し葉、押し花にしてから標本にした。

そして、作った標本は夏休みの自由研究とした。

 

押し花を作ったのは小学5年生のときか6年生の時で、その時が初めてだった。作り方は親に聞いたのか、先生に教えてもらったのか忘れてしまったけれど、新聞紙に採取した植物を挟み、厚い本や辞書を乗せた。そして、植物が乾燥するまで何日ぐらいかかったのかは忘れてしまったけれど、毎日毎日新聞紙を変えた。乾燥した植物は画用紙に張り、図鑑で調べた名前を書き入れ、冊子にして自由研究を完成させた。

 

それから半世紀以上、押し花のことを忘れていた。

それが3年前、友人の喫茶店で開催中のレジン作家さんの作品展を見に行った時、そこで見たレジンで押し花を固めた作品がすごくステキで私も作ってみたいと思った。

でも今は、何日もかけて押し花を作る元気はない。

 

4月のこと、Eテレ趣味の園芸で簡単に作れる押し花の作り方を紹介していた。そして、押し花の絵ハガキを作り、友人に送るとすごく喜ばれると。その方法は、新聞紙の上にティッシュペーパーを敷き、その上に採取した植物を置き、その上にティッシュペーパーを被せ、中温のアイロンで20秒ぐらい抑えるというもの。そして、押し花を並べたハガキには透明フィルムを張ると良いとも。

 

押し花を作りたいと思い始めてからネットで作り方を検索していた。その中には電子レンジを使った方法もあったけれど、アイロンを使う方法はそれよりずっと簡単なものだった。それでも、なかなか作れないでいた。透明フィルムだけはすぐに買っておいたのに。

 

6月の末、友人のお宅に伺った時、まだビオラが咲いていた。友人は「もう終わりだから片付けようと思っているけど、なかなか片付けられないの」と言われた。でも、まだきれいに咲いていた。それで、押し花にするようにと、いくつか花をいただいた。そして、いただいたからには無駄にしてはいけないと、すぐにアイロンを使った方法で作ってみた。

レジンはできないし、ハガキにするには量が足りないし・・・

それで、先ずはしおりを作ってみた。 

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カッターの刃を新しくしなかったので右はゲジゲジになってしまった。刃を新しくして切り直したら今度は花が端ギリギリになってしまい大失敗。

で、残りの花でもう一つ作ってみた。 

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今度は穴の位置が真ん中にならず。真ん中になるように切り直したところ、今度は上下の幅が平行にならず。なんて不器用なのかと イヤになってしまった。でもまあ、初めての作品なのでこんなものかと思うことにした。

本当は上の方に筆で何かステキな言葉を書きたかったけれど、今回は押し花だけにして、あとはリボンを付ければ完成だ。

しおりに合った細めのリボンは手持ちがなかったので月曜日に買いに行こう。ブルーにしようか、ピンクにしようか、それともグリーンがいいかな・・・

ごろ寝ふとん

ちょっと(かなり)だらしないけれど、洋間でソファーに座って過ごすより、畳の部屋でゴロゴロしているのが好きだ。

 

今は夫が車いすの生活になってしまったので日中は洋間で過ごしている。でも、夫がデイケアの日や、お昼寝しているとき、夜寝てからは和室に移動し、そこで過ごしている。

 

和室には大型のテレビとブルーレイディスク、座卓に文机が置いてあり、他のものはほとんどが私のもの。

座卓の上には読みかけの本や雑誌が置いてあり、ダイアリーや計算機も並べて置いてある。

座卓の下には孫が赤ちゃんの時に買ったお昼寝布団が敷いてあった。冬は座卓が炬燵に変わり、温かいこたつ敷きの上に座布団を敷いていたからいいのだけれど、春や秋はお昼寝布団の上に座布団だけではちょっとさみしい。それで、ずっとごろ寝ふとんが欲しいと思っていた。

 

6月の末、欲しいと思っていたごろ寝布団が生協のカタログに載っていた。座布団3枚分の大きさだ。なければないで困らないし、もったいないような気もするし、邪魔になりそうな気がしないでもないし・・・と、悩みに悩んだ末、結局は購入することにした。

それが先週末に届いた。写真はないけれど、普通の敷布団ぐらいふわふわでものすごく気持ちがいい。まだカバーを作ってないから仮のカバーをつけて使っているけれど、使い心地は最高だ。これでますます横着者になりそうな予感がするけれど、まあいいっか。

寝るが一番

このところ、気候の変化に体がついていかないのか、疲れてならない。

年のせいもあるかもしれないし、夜中に何度も起きるせいかもしれないけれど、午後になると座っているのも辛くなってしまう。訪問リハビリは午前中だけれど、夫のリハビリを座って見ていると目を開けていられないときもあるほどだ。

「横になりたいなあ」と思っても、夫は今年に入ってからほとんど昼寝をしなくなってしまった。夫が寝ないということは私も寝られないということ。

 

昼寝をしなくなった夫は夜が早い。19時頃、遅くても19時30分にはベッドに入り、あったいう間に眠ってしまう。そのあと、風呂だけ済ませ、私も一緒に寝てしまえばいいのだけれど、日中、フッと息を抜ける時がないものだから、何だかもったいなくて、寝たくないのだ。で、テレビの前に寝っ転がり、無駄に時を過ごしていた。

 

最近は見たいと思うテレビもない。たくさん録画してある番組の中からどれかを選んで見始めると、必ずと言っていいほど途中で眠ってしまう。巻き戻して再生しても、どういうわけかまた同じところで寝てしまう。そんなことを何度か繰り返しているうちに日付が変わるころになってしまう。そして、布団に入ってから眠れなくなるという悪循環の毎日だった。

それで、体が限界に達してしまったようだ。先週は気圧の変化の影響もあるのかもしれないけれど、久々に頭痛に見舞われてしまった。一旦、頭痛が始まると、寝たくても、寝れば良くなると思っても寝られないのだ。幸い、今回はそこまで酷くならないうちに眠ることができ、治まったからよかったけれど。なので、このところ早めに布団に入るようにしている。

 

初めのうちは布団に入ると、夫同様にバタンキュー状態だった。それが、毎日のように早くに布団に入るようになると、今度はなかなか寝付けない。それでも目を瞑り、静かにしている。それだけでも体は休まるようでだいぶ楽になった。

 

今日も、夫は19時ごろに寝てしまった。私は見たいテレビもないし、録画番組も見る気がしない。読みかけの本をもう少しだけ読んで、21時ごろになったら「もったいない」なんて思わないで、私も寝ることにしよう。寝るが一番。眠れるなんて、こんなに幸せなことはないのだから。