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えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

そんなものなのか・・・

夫が倒れる前、母屋は夫の事務所と義母の生活の場で、 私の生活の拠点は離れだった。

離れとして使っている建物は20年ぐらい前まで1階に2戸、2階に2戸アパートだった。各戸にトイレは付いていたけれど風呂は共用の安アパートだ。

最期の入居者が引越してから、共同で使っていた風呂場は壊したので離れには風呂はないけれど、それ以外の生活に必要なものは何でも揃っていた。

 

障害が残ってしまった夫は自営業を続けることは困難になった。義母は夫が退院した時点では発熱して入院中で、退院1か月後に95歳で亡くなった。

 

夫の退院に向け、義母の部屋だけはそのままにし、事務所を片付け、あとは夫が車いすでも生活しやすいようにと母屋をリフォームした。夫が車いすで生活するためには離れをリフォームするより母屋の方が夫にとっても介助する私にとっても良かったからだ。

 

退院してからもうすぐ3年と5カ月。私たちは二人だけになり、母屋で生活するようになった。

離れは長男家族が帰省した時に1階部分を使うだけで、2階は物置と化している。

それでも、電気もガスも水道も使えるようにしてある。もったいないとは思うけれど、電気と水道は止めるわけにはいかないのだ。ま、帰省する時だけ再契約すればいいのかもしれないけれど、それ以外の時にも使うことがあるからだ。

ガスは3年5か月のうち1回しか使ったことがない。全く使わなくても毎月1,000円弱のお金が口座から引き落とされる。だからガスだけは止めようと思っていた。

ガスは母屋は都市ガスだけど、離れはプロパン。だから取り外してもらうだけなのだ。だけど、夫が倒れる少し前に離れの外壁や屋根、窓、台所部分を大金をかけて直したばかり。流し台や瞬間湯沸かし器も買い替えたばかりで殆ど使ってない状態なのだ。

それに、長男たちが冬に帰省した時にはお湯を使うだろうと思ったら取り外せなかった。

だけど、長男はもうすぐアメリカに転勤になる。そして2年間の任期が終わるまで帰国しないつもりだと言っている。

と言うことは、今後2年以上は離れのガスを使う予定がないということだ。

離れのプロパンガスは私が結婚する以前から個人商店と契約している。で、昨日思い切ってそこに電話をかけ取り外しを依頼した。電話口に出た奥さんは我家の状況も、検針の度に使用量が0なのも知っている。それで止むを得ないと思ったのか、とても感じよく「いいですよ」と言ってくれ、今日ご主人が取り外しに来てくれた。

 

車に気づいたので玄関から出て「すみませんね」と声をかけた。ご主人はこちらを見てもムスッとした表情のままで返事はしなかった。他のことを話したけれど、やっぱり無言のまま。そして、わずかの時間家に戻って外に出ると、もう取り外して帰った後で車がなかった。今までご主人にそんな対応をされたことがなかったのでかなり驚いた。

そして取り外したところを確認に行くと、パイプを外壁に固定するために取付けていた部品を外した所はビスの穴が開いたままだった。ビスだけ残しておいてくれれば穴は塞いだ状態になるのにと、思いやりのなさに残念な気持ちになった。

 

私は結婚して40年近い。我家は大した客ではないとはいえ、それ以前からのお客のはずだ。先代からすれば50年以上になると思う。

「ありがとうございました」とまで言えとは言わないけれど、普通「取り外しましたから」ぐらいは言うんじゃない? そう思ったら、何だか気分が悪くなってきた。

穴の開いた外壁には我家の道具箱からちょうどいいサイズのビスを探し出し取付けておいたけれど、そんなものなんだろうか・・・

毎年寒くなるとその店で灯油を買っていたけれど、今年からもう買うのはやめようと思ってしまった。 

 

 庭では8月も終わりだというのに、今頃になって白木槿が咲き始めた。

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ムカムカした気持ちを抑え「こんな真っ白な気持ちにはとてもなれないなあ・・・」と思いながら眺めていたら、何だか白木槿に宥められているような気がしてきた。