えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

庭仕事から思う

私が小学校低学年の頃、実家には少しばかりの庭があった。

そこにはもみじやサツキ、後は覚えてないけれど大小さまざまな庭木が何本か植えられ、レンガで囲われたお花畑もあった。といっても2坪程度の小さな花壇だったけれど。でも、子どもだった私にはお花畑だと言った方がピッタリとくる空間だった。

母が花畑で見事に咲いた都忘れの花を眺めながら「えむこ、この花はね。昔、都を追われた天皇が、この花をみると都のことを忘れられると言った花なんだよ。母さんはこの花が大好きなんだ・・・」と言ってたことが、今でもしっかりと心に残っている。

でも、私には母が花好きだったかどうかは分からない。だけど、その空間を管理していたのは紛れもなく母であり、多分そこは母だけの癒しの空間だったような気がしている。

その後、坪庭だけを残し、花畑は壊され、仕事場に変わってしまったから、母も私も庭に親しんだ生活をすることはなかった。

そのせいか、結婚した当時、少しばかりあった庭に植木や花を植えることが楽しくて仕方がなかった。子どもの頃よりずっと小さな庭だったけれど。

植木や花の手入れも新鮮で、家の裏にあった親戚の空地を使わせてもらい、野菜づくりも楽しんだ。

でも、ずぶの素人のする事だから、当然うまくできず、すぐにやらなくなってしまった。まあ結局、そんなに好きではなっかたのだと思っているけれど。

そして今、週のうちどのくらい庭仕事に時間を費やしているだろう。

結婚した当時と違い、今は決してガーデニングや野菜づくりが趣味というわけではない。

ただ、やらなければならないからやっているだけ。

ゴミを片付けなければあっという間にゴミ屋敷になってしまうように、草取りをしなければ、庭木の手入れをしなければ、あっという間に背丈ほどの草に覆われてしまうし、お化けのような植木になってしまうから。それが私には耐えられないことだから、だからやっているのだ。

実は昨日も、庭の作業をした。

庭の作業を始めれば、時間を忘れたようにやってしまう。

こころよき

疲れなるかな

息もつかず

仕事をしたる後のこの疲れ

いつも作業をした後はこんな心境になってしまうのだ。

 

中学を卒業する時、部活顧問のたみこ先生がこんな言葉を贈ってくれた。

こころよく

我にはたらく仕事あれ

それをし遂げて死なむと思う

 

どちらも啄木。

「それをし遂げて死なむと思う」

啄木にとって、それは文学だったのだろうと思う。だけど、私にとってのその仕事とは何だろう。

介護も、庭仕事もそんな風に思えたらいいんだけれど・・・