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えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

小さかった頃の父との思い出

昭和30年代、父は時々私を映画館に連れて行った。いつも土曜日の夜で、ナイトショーとかオールナイトというものだった。

父が映画好きだったのかどうかはわからないけれど、当時はテレビもない時代で、娯楽といったらラジオぐらいだった。だから、楽しみだったことには違いないだろう。

だけど、小学校に上がるか上がらないかの私を連れてナイトショーを見に行くなんて、今では考えられないことだ。当時は8時には布団に入り眠っていたのだから。しかも子ど向けの映画ではなく、チャンバラ映画がほとんどだった。覚えているのは「遠山の金さん」と「旗本退屈男」、チャンバラではないけれど「ガード下の靴磨き」ぐらい。それも、映画が始まるといつもすぐに寝てしまっていたので内容は殆ど覚えていない。それでも、遠山の金さんは「この桜吹雪が目に入らぬか・・・」と、諸肌脱いで桜吹雪の入れ墨を見せる場面だけはしっかりと覚えていた。「ガード下の靴磨き」は宮城まり子さんが靴磨きの少年役で、サロペットを着ていてすごくかわいいと思ったこと。そして、歌を歌う場面。

赤い夕陽がガードを染めて

ビルの向こうに沈んだら

街のネオンの花が咲く

おいら貧しい靴磨き

ああ 夜になっても帰れない

・・・・・・

映画が楽しかったのかどうかは覚えていない。ほとんど寝ていたのだから、楽しかったわけではないと思う。

ただ、父が連れて行ってくれたことが嬉しかったのだろう。

映画を観に行った後、何度も遠山の金さんの真似をしては家族を笑わせていたこと。ガード下の靴磨きの歌を歌い、踊っていたことを思い出す。

 

家にテレビが入ってから、父が映画を観に行くことはなくなった。それに伴い、私は母が亡くなるまで、父と出かけることもなくなった。

だから、映画館に連れて行ってもらったことは、私が小さかった頃の父との楽しくて大切な思い出なのだ。母が亡くなってからの20数年間は一緒に出かけることも多かったし、父とのいい思い出もたくさんあるけれど・・・

 

今日、11月21日は父の誕生日だった。亡くなってもう14年になる。そして生きていれば97歳だ。

昨日、父のお墓参りに行ってきた。普通は月命日などに行くのだけれど、私は父と話したいと思う時に出かけている。

もしも、父と話せるものならば、私が小さかった頃のことをもっともっと聞いてみたい。私の記憶にあるのはこの映画館に連れて行ってもらったことぐらいだから。