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えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

先生ならば

中学3年生の頃まで、私は「将来何になりたいか」と聞かれれば、迷うことなく小学校の先生と答えていた。

何故そう思ったのかははっきりと覚えてないけれど、低学年の頃には私の周りにいたどの先生も好きだったのだと思う。

高学年の時、お向かいの小母さんにも聞かれたことがある。その時は「先生になれば、将来結婚した相手が死んでも食べていけるから・・・」と答えた。すると、小母さんは「えむちゃんは結婚した相手が死んだときのことをもう今から考えているの」と、呆れられた。だから、その頃は職業婦人というものに憧れていたのかも知れない。

 

それが、中学3年生の時にちょっと嫌なことがあり、高校生になってからは担任の先生が大嫌いになったということもあり、先生への憧れはすっかり消えてしまったのだ。

 

私が中学3年生の時、廊下側の後ろの方の席だった。教室には前後に引き戸の入口があり、私の席のすぐ横が後ろ側の入口だった。

次の授業は音楽だった。

チャイムが鳴り、廊下を歩いてきた音楽の女性教師が後ろ側の入口から教室に入ろうとした。

昔の教室は木製建具で建付けが悪い。何度かガタガタと動かしても開かないようだったので、私は席を立ち、内側から開けるのを手伝った。それで、戸はすぐに開いた。

すると、その教師は怒った口調で「あなた、どうして閉めるの」と言ったのだ。私は呆気にとられ、あとはショックで、何も言葉を返すことができなかった。

私は自分でいうのもおかしいけれど、真面目な生徒だった。たぶん、担任からも他の教科の先生からも、同級生からだってそう思われていたと思う。それに、先生が戸が開かなくて困っていると思ったから手伝ったのだ。それなのに・・・

その時、私はかなり傷ついた。そして、言われた言葉だけを悔しくて悲しい思い出として心の中に閉じ込めた。その後、思い出すことはあっても、私は30年ぐらいの間、その時のことを誰にも話すことができなかった。

月日が経ち、何かのきっかけで友人に話すことができるようにはなったけれど、実は未だにその先生のことが許せないでいるのだ。私は執念深いから。

あの時、先生が「どうして閉めるの・・・」ではなく「ありがとう」と言っていれば、私の人生はひょっとしたら変わったかもしれない。ま、そんなことはないとは思うけれど。

 

 昨日、はてなから他のところに移ったRさんのブログを読んだ。Rさんは元中学の美術の先生だった方。

Rさんが現役時代のこと。新しい先生方を紹介する式で、転任してきた先生が「何を騒いでいるんだ、そこの男子!」 と、最初の挨拶で、壇上から指を指し、怒鳴ったそうだ。指を指されたのはRさんのそばで並んでいた3年生たち。

その時、蜂のような虫が飛んでいて、こわがる女子を助けようと、Rさんも一緒に男子生徒が追い払っていたという。それなのにいきなり怒鳴ったのだ。

Rさんは自分も生徒に見えたのかも知れないが、それには関係なく、カチンときたと言い、いきなりはマズイと書かれていた。

 

私はRさんのブログを読んで、中学時代の音楽教師の言葉を思い出した。 

私の場合も、いきなり怒鳴られたのだ。私一人に面と向い、状況を確認することもなく。

少なくとも、先生ならば、生徒に状況を確認しないまま怒るのはよくないと思う。例え、心の中で「教室に入れないようにわざと閉めた」と思ったとしても、そんな言葉を吐かず「ありがとう」と言える先生であってほしいと願うのだ。そうすれば、わざとするような生徒であっても悪かったと思い、反省するだろうから。