先日、私宛にゆうパックが届いた。
宛名を見なくても名古屋に住む学生時代の友人からだとわかる。ここ10年ほど、毎年、私の誕生日近くになるとバースデーカードと何某かを送ってくれるのだ。
学生時代は仲が良かった友人とも卒業すると徐々に年賀状だけのお付き合いになった。それが12年前だったと思う。彼女から長い手紙が届いた。
その手紙の冒頭には「返信はしなくても読んでくれるだけでいいから」と書いてあったけれど、手紙を読み終えてすぐに返事を書いた。
それからはがきのやり取りが始まり、毎日のようにメール交換も始まった。そして、彼女のPCが壊れてからはメールはなくなり、たまにはがきが届くだけになった。だけど、私の誕生日近くになると必ずカードと何某かのものを送り続けてくれている。そんな心遣いがうれしくて、友人にはいつも感謝している。
今日は私の誕生日だ。
母が50代の初めに亡くなったものだから、よくもこの年まで元気で生きてこられたものだと感慨深い。
以前、何回か書いた記憶があるけれど、永六輔さんが淀川長春さんの誕生日に「おめでとう」と言うと、淀川さんは「私がおめでたいのではなく、誕生日は親に感謝をする日だからいつもお墓参りに行き、親に感謝する」と言われたそうだ。永さんはそのことを「いい話だから何度でも言う」と言い、私の好きだったラジオ番組でも何度も言っていた。
私もその話を聞いてから誕生日にはお墓参りに行くようになった。自由に動けなくなった今は誕生日前後の行ける日を選んで行くので今年は16日に行ってきた。
夫が倒れる前は、お互いの誕生日にはおいしいと言われているお寿司屋さんでランチを楽しんだ。夜に外出することはないのでランチだけれど、私たちにとっては特別の日のプチ贅沢だった。
今は特別なことはしないし、できないし、したいとも思わなくなった。ただただこれまで以上に健康で、夫より1日も長く生きられるようにと願い、淀川さんのように親に感謝をするだけだ。
そして、これまでに虫垂炎とお産以外に入院することもなく、白内障が始まったので眼科通いと点眼薬を点してはいるけれど、他に病院通いをすることもなく、内服薬を飲むこともなく、健康でいられることにも感謝しかない。
今朝は孫たちから「おめでとう」と電話があった。
次男からも他の用事で電話があり、その時ついでのように「おめでとう」と言ってくれた。ついでと分かっていても、気遣ってくれた孫たちや次男にも感謝、感謝だ。
今日はリボン刺繍のブローチを作った。
介護しながらでもこんなことができることに感謝したい。
そして、これは自分自身へのプレゼントにするつもりだ。