えむこの雑記帳 ~ときどきひとり言~

これは、脳出血後たくさんの後遺症が残ってしまった夫とえむこの何気ない日常生活を書き留めたものです。

母親というものは

梅雨だというのに今日もカラッとしたいいお天気だった。

 

離れに風を通そうと窓を開けに行くと、ミニスイレンが咲いていた。

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このミニスイレン、何の手入れもしてないのに、毎年1輪だけ咲いてくれるのだ。しゃがみ込んでしばらく眺めていると、少しだけ心が和んできた。

 

畑には去年の収穫もれのジャガイモがいつの間にか花を咲かせていた。こちらも何もしていないのに。

野菜の花はどれもステキ。見ているだけで優しい気持ちになってくるから不思議だ。

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花子とアン」をずっと見ているのだけれど、土曜日の放送分には泣けてしまった。

私はどうも親子の情愛の場面に弱いようだ。

はなが東京に行きたいと思っている気持ちをおとうとおかあに話すところ。

「おらを東京に行かしてくりょう。本気で夢をおいかけてえ。・・・おじいやんがいなくなっていっとう寂しい時に・・・」

そう言うはなに、ちょっと間を置き「はながそうしてえなら そうしろよし」と言うおかあ。

おかあの優しくて温かいまなざし。親ってそうなんだよね。いつだって・・・

そして、はなが東京に立つ前夜。

おかあは、はなのためにほうとうを作ったのだろう。3人でそれをたべている場面。

「おとう、おかあ、ごめん・・・」と言うはな。

おとうは「はな ぼこが大人になっていくちゅうことはそういうこんだ。・・・これからは夫婦水入らずで仲良くしていく・・・」と言う。そして、おかあは「はな 女学校を卒業して甲府に戻ってきてくれてありがとう。ここに帰ってきてからの6年間はおかあにとって一生の宝もんだよ」と。

また、室井滋さんの表情がいいんだよね。それで泣かされてしまうのだ。

そして、親心ってほんとにそうだと思う。いつでも子どもの気持ちが優先で、それを応援したいと思っている。

私だって、どんなに寂しいと思ってもそうしてきた。ま、子どもに直接そんなくさい言葉は言わないけれど。

 

今日は二男の35歳の誕生日だ。

大学に進学し、それと同時に家を出てからもう17年になる。

寂しいけれど、もう親の知らないことの方が多くなってしまった。

二男が家を出る時、私もたぶん、おかあと同じ気持ちだったのだと思う。

大学を卒業する時は、地元に戻り専門を生かした職業に就いてほしいと思っていた。だけど、二男は専門分野の知識を生かすことなく、そのまま関東で就職した。それも本人の意思で。

あれからもう10年になる。最近は出張続きで大変なようだけれど、愚痴を言うこともなく頑張っているようだ。

ま、親としてはどんな状況であろうと、健康を祈りながら心の中で応援するぐらいのことしかできないけれど。

 

庭の石臼の脇にムラサキカタバミが咲いていた。

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抜いても抜いてもここから生えてきて、かわいい花を咲かせるのだ。「ここが私の居場所なのよ」と言わんばかりに。

二男も都会に根をおろし、このカタバミのように自分の居場所を見つけただろうか。そう思ったら、今日はこのムラサキカタバミを抜いてしまう気にはなれなかった。

 

ここ何年か、私は子どもたちの誕生日には「おめでとうハガキ」を書いている。そこには小さかった頃のエピソードを添え、誕生日当日に届くように投函している。

だけど今日は日曜日。日にち指定郵便ならば届くけれど、家にいるかどうかも分からない。で、今年はメールにし、午前中に送ってみた。

「あなたと過ごした18年間は母さんの宝物だよ・・・」なんてことは、思っていても、もちろん書かないけれど・・・